短編

□シャボン玉が飛んだ
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もうすぐ夏がやってくる。夏って言えば、海やプール。あとは、夏休みとかカブトムシ。アイスが恋しくなる季節でもあるし、クーラーをガンガンきかせた部屋でごろごろするのも私は大好き。だけど、今はもうすぐ夏休みってだけ。大好きな一之瀬と遊びに行くにはまだちょっと早い。まぁ、ぶっちゃけちゃえば、一之瀬は夏休みだって部活があるわけだから、そこら辺のカップルみたいにはしゃぐことはあんまり出来ない。


「ねー、楽しい?」

「まぁまぁかな」


そんな訳だから、夏、前の私達は公園のベンチでぼーっとしていた。もうどれくらいになるかは、全然分からない。高い所にあったお日様は、沈みかかって、空には赤みを帯びた雲が広がっている。一之瀬のせっかくのお休みを、公園で潰しちゃった。彼は、お金も無いし、時間もあんまり無いから、公園でぷらぷらしてようよって言ってた。言ってたけど、それを押し切って、どこか楽しい所に誘うのが私の役目だったのかもしれない。うん、たぶんそう。一之瀬待ってたのかな?だとしたら私は馬鹿だ。ごめんね。心の中でそっと謝る。言っても無駄だから。優しい一之瀬のことだもん。大丈夫だよ、しか言わないと思う。


「どっか行きたいね」

「え、うん、まぁ」


一之瀬のとろんととろけたみたいな声が、私の胸をチクっとさせる。あー、やっぱり。一回そうやって考えちゃうと、もうダメ。さっきの一之瀬の一言が何回も、何回も頭の中でリピートされる。


「今度はどっか行こうよ」

「そうだね」


彼の目線はちょっと先で楽しそうにシャボン玉を吹いて遊ぶ、まだ顔も背丈もの幼い女の子と男の子。子供にとって公園は楽しい所なんだね。ワクワクするしドキドキできる。ジャングルジムなんて、小さい探険。だけど私達にとって、ぶらんこなんて、遊園地のジェットコースターと比べちゃえば、なんのスリルもない、ただの遊具。遊具は遊んでもらえなくなったら、その役目を果たすことがなくなっちゃう。いつかあの子も、公園で遊ぶことをつまらないって思うんだろうね。私がそうだったように。


「一之瀬って、私と居て楽しい?」

「いきなり何?」

「ほら、つまらなそうにしてるし」

「楽しいよ」


楽しい、か。なんか、それが事実でも、今は信じられない。不安で不安でしょうがない。だって、私と一之瀬はまだ中学生だよ?付き合って一年経たないし、まだまだ子供だもん。大人になっても楽しいって言ってられるかって言えばそうじゃない。いつ別れてもおかしくないくらい不安定な歳。お母さんはたまに言うんだ。「好きな人と結婚する人は別の話よ」と。それを聞くたんびに、なんて夢の無い人なんだろうと、そのことに気にかけたりはしなかった。むしろ、夢の無い発言ばかり気になってた。でも、今思うと、お母さんの言ってることは正論。いつか、一之瀬と付き合ってたっていうのは、過去形になって思い出になっちゃう。


「今日、変だよ」

「そっかな?」

「すごく、すごく」

「だって、一之瀬と居られるのは、もしかしたら今日で終わりかもしれないじゃん?」

「…え、は?それって」

「ずっと居られるとは限らないよ」


私は馬鹿。変な発言のせいで、彼とのお別れは今日になったみたい。真剣な顔付きで、向こうに居る子供達を見つめて、無言を貫いている。その表情、私にはちょっときついよ。大好きな、カッコイイ一之瀬の顔、直視出来ないじゃん。


「なぁ、あの子達ってさ」

「…?」

「結婚するかな」

「まだ、子供だよ。付き合う、なんて未知の世界でしょ?」

「分からないよ」

「あの子達だって、大人になれば嫌でも分かるんじゃない」


今の私の言葉ってすごく嫌な奴だって思われるよ、きっと。あんなに、嫌がってても、何の変わりも無い。私も、お母さんと同じ。ってことは、ちょっと大人になったのかな?あの子達にも、公園はつまらないんだ、シャボン玉なんて小さい子のする遊びだと理解する日は絶対にやって来る。避けては通れない大人の道。


「あの子達だって、分からない」

「……」

「俺達も分からない」

「……」

「分からないよ。でも、俺はずっと、この関係が続くことを願ってる」

「一之瀬?」

「愛してる」

「……私、も、だよ」


愛してる。愛してるけど、一之瀬の言葉、私は信じても良いのかな?


「…終わらせたりしないから」

「……」

「ほら、あのシャボン玉は、ずっとずっと空に続いてく。俺達もそうなろう」

「…おかしいよ、それ。あれは高くのぼったら、きっと割れちゃう」

「割れるときも、俺達は一緒だよ」


ぎゅうっと、強く抱き寄せられた。空にはシャボン玉が飛んでいて、だんだんと見えなくなっていく。一之瀬が言った通り、私も彼も、ずっと一緒に居られるのかな。今は分からない。それでもね、私だって、一之瀬みたいに願ってる。終わらせたりなんかしたくない。


20100522

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