□色彩
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━━━呼んで。



━━━━━━呼んで。







名前。




私の、

名前!






誰か・・・。










「・・・げほっ!・・・う〜。すごい埃です〜。」


この日、水谷家では大掃除が行われていた。
大晦日にやっておけば良かったのだが、三ヶ所ほど忘れていた場所があった為に、急遽本日結構になったのだった。
そもそも水谷家は元々武家屋敷だったらしく、平屋建てで、土地こそあまり無いが、それでも狭くは無い。
多少内装外装に手を加えてあるが、当時の原型はまったく崩れていなかった。

そんな敷地内を、父と母は家の中、そして水谷家の一人娘、蒼子が外にある倉庫の掃除に当てられたのだ。しかし、倉庫の中は、埃っぽさはあったものの、綺麗に落ち着いていた。


「なーんだ。綺麗じゃないですか〜。」


一歩足を踏み入れるとギシリと軋む音がする。
幼い頃から親に、何故だか入るなと言われて、ここに入ったのは今日が初めてだった。


「うーん。特に何も無さそうですね〜。・・・ん?」

ふと奥の方に何かがちらついて見えた。
よく目を凝らすが、何やら木箱のような物としか判別出来ない。


「なんでしょう?」


気になって近くまで駆け寄り、木箱を抱えてみるが、見た目より重量がある。
こうなるとますます気になってくるのが人間というもので、ゆっくりと持ち上げて日の光があたる場所まで運んだ。


「っこいしょっ!・・・と。」


箱の表面の埃を払い落とすと、何やら家紋のようなものが刻まれていた。
たぶん見覚えが無いので、どうやらあまり有名なモノではないのだろう。
恐る恐る箱を開けた。


「・・・かみの・・・け?」


姿を現したのはおかっぱ頭がかろうじて確認できるくらいまでに髪が伸びきった日本人形だった。
普通の人なら放り投げて一目散に倉庫から飛び出してゆくような禍々しさを放っていたが、蒼子には感じ取れなかったらしい。


「っか、かわいいですうぅうううぅうっっ!!」


周りにハートマークでも浮かんでいそうな勢いで人形を抱き締める。


「これ貰っちゃっても良いですかね!?っあ!名前を!!名前をつけなきゃですね!」


もう自分の部屋に飾るのを前提に名前を考え始める。
うーんうーんと数秒唸った後、ポンと閃いたように手を打って、


「クロナ!クロナちゃんが良いですね!黒に奈良の奈で"黒奈ちゃん"!今からあなたはクロナちゃんなのですよ〜。」


そう言って優しく人形の頭に触れた。

瞬間だった。

辺りが光に包まれる。


「え、えっ?何ですか!?」

どこか優しく暖かい空気の中、人形の中から人影が現れる。

長い黒髪にかなり時代を感じさせる忍者服、そして足元は透けていた。
蒼子本人はまだ気がついていないようだが・・・。


「くっ・・・クロナちゃんから人が出てきました・・・。どなたですか〜!?」

「っっうるさいなぁ・・・何?この子」

「しゃっ、しゃべったあぁぁぁあぁっっ!?」

「・・・?見えてるの?私の事。」

「もっ、もちろん!頭から足先ま・・・・・・で?」

その時やっと気がついた。

彼女の足先が見えないことに。


「・・・・・・ユーレイ?・・・・・・」


あちゃー、こりゃ倒れるかなーと、黒奈は頭を掻きながらめんどくさそうな顔をした。
しかし、反応はほんの一握りくらいしか居ないであろう意外なもので、


「す、すごいです!!私っ!ミエル人だったんですね!!」


逆にキャピキャピはしゃぐ始末だった。


「(変な子。何でこんな子に封が解かれたのかしら?)・・・ねぇ、あなた?」
「うぉっ!?なんでしょう!!」

「私にクロナと名付けたのよね?何故、こんな薄気味悪いような人形に名前をつけたの?」


そう。人形は薄気味悪い。触る事はおろか、見ることすら恐怖のハズだ。


「え?薄気味悪いですか?可愛らしいじゃないですか!!」

「は?」


その発言にはさすがに目を見開いた。
この家の先代にも一度は見つけてもらえたが、人形の容姿が容姿のため、皆が恐れて触れることさえしなかった。
そんな人形を可愛いとすんなり言った彼女。


「(今までの中で一番"碧"に近い存在なのかもしれない・・・。)」


そう思うと自然に笑みが溢れた。



"碧"



自分を人形に封じ込めた張本人であり、唯一自分が想い、慕った人。
本来一番憎まなければいけなかったのかもしれない。けど、そんな感情は年を重ねるにつれて薄れていった。
黒奈は改めて蒼子の目を見つめる。
優しく見つめ返してくる彼女は、やはりどこか碧に似ている気がした。


「・・・あなた、名前は?」

「蒼子です。水谷蒼子!」
「蒼か、うん。蒼子、良い名前ね。」


そんな時外から声が聞こえた。


「蒼子ー!!掃除終わったー?」
「昼御飯にしようー。早くおいで!」


「あ、はーい!」


父と母が呼んでいた声だった。蒼子はすっと立ち上がる。

人形を持って。


「蒼子?私も外にでれるの!?」

「はい!人形さんは私の部屋に飾るつもりだったので!!あ、黒奈は他に部屋が必要ですよね!!父と母に!・・・」

「いや、私霊体だから。蒼子にしか見えないの。」

「あ、そうでした。」

「私は人形が存在する限りこの世に居なくちゃいけないから、蒼子が人形を持っているなら、私も蒼子の部屋に居すわる事になるけど・・・。」


大抵がこれを言うと倉庫に人形を置き去りにしていく。
普通霊体を部屋に置くなんてイヤだろう。


「あ、全然良いですよ!大歓迎です!!」


良いんですか!?


本当に碧にそっくりだ・・・。変なもの好きというか・・・。
少しこの子の将来が心配になった黒奈だった。


「さ、行きましょっか?後で髪の毛も散髪してあげますね!」

「あ、それは自分でする。」

「え、でもおかっぱの長さ揃えるの大変でしょう?」
「私おかっぱ嫌いだから・・・ハサミ借りるけど、良いかしら?」

「はい!どうぞ。ゴミ箱は倉庫でてすぐですからね。それじゃ!先に部屋にいってるので!後から来てくださいね!」

「わかった。」

そう言うと蒼子はパタパタと本宅の方へ駆けていった。


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