小説のお試しページ

□Kiss my lips
1ページ/3ページ

 公園につくと、さーと風に吹かれて落ちていく桜の花びらを眺めながら、スザク様が僕を抱っこする手に力を込めて、感慨深そうにぽつりと呟く。
 「桜なんてゆっくり見るのも久しぶりだな。何年ぶりだろ」
 桜は春になったらいつでも見れるのに、何年ぶりだろって…スザク様はどうしてそんな風に言うんだろう?
 僕を下に下ろして、敷物を引いてお花見の用意を始めたスザク様に、僕はどうして?と首を傾げて見つめる。
 僕の送る視線の意味がスザク様もわかったのか、くしゃくしゃと僕の頭を撫でて、寂しそうな瞳で言葉を零した。
 「だって、ルルがいなかったから。昔、ルルと一緒にお花見をしたいって言ってただろ?その約束が果たされないでルルがいなくなったから…花を見る気になれなかったんだ…。まあ、それに勉強とかも忙しくてそんな暇もなかったって言うか…」
 「スザク様…ごめんなさい…」
 「ん?別にルルが謝る事じゃないよ」
 でも僕は、もう謝ることしか出来なかった。
 僕は大人になっていく間のあなたの傍にいたかったのに、一緒にいることが出来なかったから。
 自分の服の裾をぎゅっと握って、お腹に力を入れて泣かないようにするしか出来なかった。
 スザクは、今はルルがいるからこうして見れたよ、って気にしないで良いよって伝えるように笑顔を作って、優しく頬を撫でてくれる。
 でも、笑顔はどこか寂しそうで、瞳の色も今も深い色で寂しそうに揺れている。
 僕は…まだ子供だけど、スザク様が本当に大好きだから、何となくそういうのがわかった。
 本当に本当は寂しかったんですよね?
 ごめんなさい、ごめんなさい、謝っても謝りきれないけど、ごめんなさい。
 気が付いたら…涙が零れていて、止められなかった。
 涙腺が壊れたみたいにぽろぽろと零れて止まらない涙を、スザク様が指で拭ってくれる。
 そうっと労わるみたいに、優しく指で撫でて拭ってくれる。
 触れた指先は、優しさだけじゃなくて、寂しい気持ちも運んでくれたみたいに、触れるたびに僕もとても寂しくなった。
 その時だった、強い春の風が吹いたのは。
 風は桜の花びらをたくさん舞い上がらせて、辺りを桜色に染める。
 一瞬だけ風の強さと舞い散る花びらで前が見えなくて、スザク様が視界から消えた。
 一瞬だけでも、こんな気持ちのままスザク様が見えなくなるなんて、嫌だった。
 スザク様と離れたくなくて伸ばした手の先に、スザク様からも手が伸ばされて、痛いほどの力で引き寄せられる。
 「ルル!」
 風が落ち着いて、花びらもすべて落ちた時には、強い力で抱き締めれられていた。
 いつもスザク様が抱き締めてくれる時は、とても優しくて、暖かくて、真綿に包んでくれるみたいで、ふわふわと幸せでいっぱいなんだ。
 でも、今抱き締められているのは、胸が、痛い。
 スザク様の胸が痛いみたいに、抱き締められた僕も一緒に胸が痛くなる。
 「消えて…いなくなるかと思った…」
 もっと力を込めて抱き締められて、スザク様は聞いているだけで泣いてしまいそうな声で、そんな悲しい事を言葉に乗せて呟く。
 どうして、どうして、そんな悲しい事を思うんですか?
 僕は絶対にスザク様の前からいなくならないのに。
 悲しくて止まらなかった涙が、もっと悲しくてどんどん溢れてくる。
 息をするのも苦しいくらいに強く抱き締められて、動くのも辛かったけど、僕は手を伸ばしてスザク様の頬に触れた。
 この人の不安とか寂しい気持ちとか…全部消してあげたい。
 僕はいなくならないし…ずっとスザク様と一緒にいたいです。
 「スザク様…僕、どこにも行かないですよ?僕は、スザク様と一緒にいます。どうして消えるとか悲しい事言うんですか?」
 「長い間、ルルに会えなくて…やっとこうして会えて。幸せすぎて、今も本当は僕が見てる夢の中にいるかもしれないって思うんだ。ルルが一緒にいてくれて幸せで…でも、それは僕が見た夢の中だって言うのが何度も何度もあった。だから、怖いんだ」
 スザク様は僕の存在を確かめるみたいに、僕の額に、頬に、唇に、唇を落とす。
 僕が零れる涙も唇で受け止めてくれて、でも、スザク様が触れてくれるとその気持ちが悲しくてもっと涙が零れた。
 「こうして傍にいるのに…一瞬だけ、ルルが見れなくなっただけで怖くなった…。おかしいよね、仕事とかで少し離れてる時よりも、こうして傍にいる時に、君が一瞬見えなくなるのが怖いなんて…ごめん、こんなの情けないよね」
 「情けなくなんか…ないです…」
 情けなくなんか、絶対にない。
 ずっと僕と離れて、それをずっと一人で耐えてきて、それで悲しい、寂しい心がたくさん心の中で積もっていって、それで今も辛いスザク様をどうして情けないって思えるんだろう。
 スザク様を一人にして悲しいって思っている僕なんかよりも、とてもたくさんスザク様は…一人で悲しかった。
 どうして、そんなに僕だけを想って、僕だけ見てくれるんだろう。
 スザク様は、幼い頃の遠い約束も果たしてくれて、僕を呼び寄せてくれた。
 僕にとっては一瞬にして叶えてもらえた約束だったけれど、スザク様には10年以上も前の遠い約束なのに。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ