企画物

□金の卵 前編
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5番テーブルには二人の女性客と、既に同僚のホスト・桂が席に着いていた。

女性客のうちの一人はメガネをかけたグラマラスな女性、もう一人はタイトな黒スーツをすらりと着こなす金髪の女性で、どちらも新規の客だった。

この時の金時は金髪の女性客を視界に捉えるだけで、まさかこの後この金髪の女性の存在が自分の中で大きくなっていくことになるなんて知る由もなかったのだけれど。



「どうも初めまして、金時で〜す」



金時を待っていた女性客二人に名刺を渡し、金時はまるでNo.1ホストらしからぬ気だるい雰囲気を醸しつつ席に着いた。

女性客の一人、メガネをかけたグラマラスな女性が胡散臭そうに金時を見つめる。



「…ちょっとアナタ。私は『この店で一番ドSな男』を指名したはずなんだけど。」


「あ〜そうだったの?アンタみたいな指名の仕方する客初めてだよ俺」


「そんなこと言ってるんじゃないわよ!私はアナタみたいな甘々オーラを出してる優男なんか呼んでないって言ってるの!!もっと鬼畜なドS男を連れて来てほしかったのに!!」


「そっか、そりゃ悪ィね。」



どうやら金時の優男オーラが気に入らないらしかった女性客だったが、金時がにっこりと笑って返すと、途端に顔を真っ赤にして悶え始めた。



「……っ何…!?こんな甘い男なんて興味ないはずなのに、私のドMメーターが上昇し始めてる…!!何なの、アナタ何者なの!?」


「さっさん、おぬしさすがは自称天下のドM女だ。金時はこう見えて実は人を傷つけるのを趣味とするドS男だ。俺も何度『ヅラ』などと呼ばれて心が傷ついたかわからん。」


「オイ変なこと吹き込んでんじゃねーよヅラ!つーか傷ついてたんかいお前!!」


「ヅラじゃない桂だ。」


「隠れドSですって!?何なのよそれすっごい萌えるじゃない…!!金さん、ちょっと私のことも苛めてみて!!」


「何!?さっさん!!おぬし、こんなドS男が趣味だったのか!月詠殿、まさかおぬしはこんな男の固定客になどなるまいな!?」



金時ドS情報を流してしまったばかりに狙っていた客が取られた、とでも思ったのか、桂は隣に座っていた金髪の女性にまるで釘を刺す様にして尋ねた。



金時はこの時、初めてしっかりと金髪の女性客の姿を見た。

月詠殿、と呼ばれたその女性は、周りの女性客が派手で華やかな衣服を着ている中、上から下まで真っ黒なスーツだ。思いっきり職場帰り、というような格好である。

しかしそんな洒落た格好をしていないにも関わらず、そんなことお構い無しに思える程美人でスタイルが良かった。

左頬にある大きな傷も、その印象的な眸を引き立たせる役目を果たしているような。そんな気が金時にはした。

金時と似た色合いの金髪で、けれど金時とは違うサラサラとした髪を後頭部できっちりと束ねていて、気付けば金時はその奇麗な髪に見蕩れてしまっていた。

それが単に羨ましかったからのか、それとも別の理由があったのか、その時の金時にはわからなかったけれど。

月詠は桂の突然すぎる質問に驚いていたが、その後一言戸惑いがちに答えた。



「わっちは…このような店には慣れていない故……」



言いながら月詠は、確かに居心地が悪そうに煙草を一吸いした。

ちらりと金時のほうを見たけれど、その視線はすぐ逸らされてしまった。

ホストクラブに慣れていないというより、まるで男自体に慣れていないという感じだと金時は思った。

男に免疫がないのにホストクラブに来るなんてチャレンジャーな。つーかこんなに美人なのに…

そんなことを考えながら金時は、無意識にじっと月詠を見つめてしまっていた。



「何、月詠殿。おぬしはホストクラブが初めてか。」



ふと、桂の声に金時は我に返った。

いつの間にか桂は月詠のほうにずいっと体を乗り出して距離を縮めている。客を自分の固定客にするために口説こうとする時のこの男の癖である。

月詠はいきなり近づいてきた桂に困ったような顔をしながら答える。



「あ、ああ、初めてじゃ」


「そうか。ならば俺が教えてやろう。ホストクラブというものを。…ついでに『男』というものを教えてやっても…ぶくぁwsふぉ!!」



桂が月詠の肩を抱こうとしたその時、気付けば金時は桂の顔を思いっきり吹っ飛ばして、月詠の隣の席を奪っていた。

『ホストの顔をををを!!』と騒ぐ桂や、『金さん!早く私のこと苛めてちょうだい!!』と悶えるドM女は、もはや金時にとっては外野だった。

隣に座る月詠の眸を真正面からじっと見つめると、月詠は鋭い目をまんまるくさせて金時を見返してくる。

その表情が想像していたより何だかあどけなくて、金時はますます月詠に興味が湧いた。



隣に座ってみると、月詠が吸っていた煙草の匂いが一層強くなる。

独特の匂いがする煙草だった。銘柄を見てみると、日本では見た事がないような珍しい種類だ。

匂いに誘われたみたいだなあ、と、らしくもなく考えて、心中で少し笑った金時だ。



「…ね、何で今日はウチの店に来てくれたの?こういう場所、慣れてないんでしょ?」



尋ねてみると、月詠はまんまるくさせていた眸をぱちくりさせた。そんな仕草にさえも何だかグッときている自分に、少し危険な匂いを感じた。

――これはもしかしたらやばいかも、と。



「…今日は、猿飛が強引に誘ってくるものじゃから、仕方なく…」


「仕方なくってことは、本当は来たくなかったってこと?そういうこと言われると金さん、傷つくなあ。」


「あ…申し訳ない、そういう意味では…」



金時がわざとしゅんとしたような態度をとった途端、慌てて『来たくなかった訳じゃない』だの『一度来たいとは思っていた』だのと言い訳をし始める月詠に、金時は笑いを堪えるのに必死だった。

どんだけいい子なのこの娘…!!つーか可愛いんだけど…!!

心の底からそう思ったけれど、いつも言い慣れているはずの『可愛い』は何故だか思う様に口から出てこなかった。



「じゃあさ、」



緩みそうになる口端を何とか堪えて、金時は酒の入ったグラスを月詠に差し出した。



「今夜は月詠サンに『また来たい』って言ってもらえるぐらい、楽しい夜にしよっか」



半ば強引にグラスを握らされた月詠は、再び眸をぱちくりさせた。

本当に男に慣れてないんだなあ、と思いつつ、やっぱりその表情はあどけなくて可愛くて、思わずからかって苛めてやりたくなる。



「あ…でも、わっちは酒は…」


「ん?飲めないの?」


「…そ、そんなことありんせん。ありがたく頂戴する。」



だからこの時の金時が、月詠が何か言いたそうにしていたのに気付けなかったのはいつものホスト金時ではなかったからかもしれない。

月詠のまるで武士のようなお礼の言い方に必死に笑いを堪えながら、自分もグラスを手に持ってカラン、と月詠のグラスと合わせた。



「乾杯」


「…乾杯。」



――この時漸く見せてくれた月詠の笑顔は、決して金には換えられない価値がある。



この後、たった一口の酒で酔っぱらって大暴れする月詠を知る前の金時の心情である。




後編に続く

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