原作設定シリーズ
□意地っ張りからのプレゼント
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引き連られるままに入った店内は、火がたかれていたためにほかほかと温かく、その温もりは冷えきった月詠の体を少しずつ回復させ、今日一日溜まりに溜まった疲労を取り除いてくれるようだった。
その空気になんだかんだで和んでしまった月詠は、いつのまにか振る舞われていた店主曰く『疲労回復ジュース』なるものを口に含む。
オレンジ色をしたその液体は思いのほか甘く、甘党のあの男が喜んで頼みそうなジュースだ、と想像してしまい、思わずふっと微笑む。
「ところで、昨日はイブだったってのにアンタ仕事かい?あの甘党の旦那は一緒じゃねーのかい?」
「ぶっっ!!」
素晴らしい程のタイミングで今まさに頭の中に浮かべていた男の話をされた月詠は、口の中のジュースを全て吐き出してしまった。
「・・・だ、旦那などではありんせん!大体あんな男と過ごすくらいなら仕事で過労死したほうがマシじゃ!」
「何だよまたケンカでもしたのか!?ったく、あんたがあの旦那を連れて来てくれたらこっちも儲かるってのによオ。あれだけ食う客は他にいねえからな。」
残念そうに言う店主の言葉に、不本意ながらも月詠の頭の中にパフェを頬張るあの男の少年のような顔が思い浮かんでしまう。
そういえば、二人でこの甘味屋に来て以来顔を合わせていない。
なので当然あの年中暇そうな男が今日という日にどこで何をしているのかなんて、月詠の知る由もなかった。
あれからどうしているだろうか。
やはりクリスマスは、万事屋で過ごしているのだろうか。
それとも、誰か別の・・・
「頭ア?どうかしたか?」
「・・・!!な、何でもありんせん。」
よく考えたらわっちが気にすることではない。馬鹿馬鹿しい。
店主の言葉にやっと我に返った月詠は、一瞬でもくだらない考え事をしてしまった自分に心の中で舌打ちをした。
頭を冷やそうと、くわえていた煙管に火をつけ、ふうっと紫煙を店内に振りまく。
と、その時、あるものが月詠の目に止まった。
「・・・親父。なんじゃ?これは。」
ガラスのショーケースの中に入っている、雪のように白い大きな塊。それは・・・
「あア?見りゃわかるだろ。クリスマスケーキだよ。甘味屋が今日という日につくらねえ訳はねえだろうが。残念ながらひとつ余っちまったがな。」
そう。それはいかにもな装飾を施されたクリスマスケーキだった。
真っ白なクリームの上に、イチゴやその他たくさんのフルーツ、それに小さなサンタがちょこんと乗せられている。
「・・・・・・」
返事もせず、ケーキを食い入るように見つめていた月詠は、ふと浮かんだ考えに自分自身で心底驚いていた。
それと同時に、こんなことを思ってしまった自分を本気で殺したくなった。
今日はいつも以上に仕事が多くて相当疲れているし、おまけに外は明け方ということもあって凍えそうなほど寒くて。
出来ればこのまま太陽が完全に上りきり、温かくなるまで一歩も外に出たくない。
それなのに。
何故このケーキをあの男に持って行ってやろうか、等という馬鹿な考えが浮かぶのだろう。
疲労で頭をやられたのだろうか?
「・・・値引きしとくぜ?その代わり、またあの大食いの旦那連れて来てくれよな。」
「・・・!」
月詠の心を見透かしてしまった店主は、ニヤニヤと嫌な笑いを顔にはりつけながら
からかうように言った。
まさに穴があったら全力で入りたいぐらいの羞恥に見舞われた月詠だが、早々とケーキのラッピングを済ませた店主の有無を言わせぬ雰囲気に負けてしまい、何も言うことが出来なかった。
あ、そうか。あの疲労回復ジュースに何かおかしな薬でも入っていたに違いない。
だからこんな馬鹿な考えが浮かんでしまったのだ。
この悪徳商人め。後で締め上げてやる。
そう密かに心に決めて月詠は店を後にした。
キラキラと無駄に派手にラッピングされた、大きな包みを手にして。