パラレル読み切り

□Cherry Cherry
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キーンコーンと校内に鳴り響くチャイムが、その日の授業がすべて終わったことを知らせている。



生徒達が部活だ帰宅だと動き出すなか、月詠はクラス全員分のノートを持って国語科準備室へと向かっていた。

担任である坂田銀八に、放課後までに持ってくるようにと頼まれたのだ。

銀八が持って来いと言った国語科準備室は、4階の月詠達のクラスから遠く離れている2階の一番奥に位置している。

地味に重たいノートの束を持って階段を下るのは決して楽ではない。というか正直しんどい。



「まったく…本当にだらしない教師じゃな。ノートぐらい自分で運べばいいものを。」



国語科準備室に続く廊下を歩きながら、月詠は一人ごちる。

しかしそんな文句を言いながらも、こうして銀八に頼まれ事をされる度に断れずにいる自分のほうがよっぽどどうかとは思うけれど。



ハァ、と今日もひとつ溜息を吐いてから、国語科準備室の扉を叩こうと手を伸ばす。

すると、月詠がノックする前に目の前の扉がガラリと開いた。



開かれた扉の向こうにいたのは、言わずもがな。

眠たそうな目で上から月詠を見下ろし、くわえた煙草から煙をゆらゆらと燻らせる。

月詠のクラスの担任教師、坂田銀八だった。



「おー、ご苦労さん。」



銀八は『まあ入れよ』と、まるで自分の部屋のように月詠を準備室へと促す。



「……」


「……ん、何びっくりした顔してんの?」


「ノ、ノックする前に突然扉が開いたら、驚くに決まっておるじゃろう。」


「ああ。」



自動ドアかと思ってしまう程のベストタイミングで開かれた扉にびっくり顔になるのは当たり前だという月詠に、銀八はボリボリと頭を掻いて。



「そろそろお前が来る頃じゃねーかと思ってな。」



そう言ってニヤリと笑った。



その笑い方は少し嫌だったけれど、まるで月詠が来るのを待ちわびていたかのようなその言い方には、悔しくもうっと息を呑んでしまう月詠だ。



だからと言って、銀八が待ちわびていたのは月詠ではなくクラス全員のノートのほうだということぐらい、月詠だって解っているけれど。

月詠はまたひとつ溜息をついた後、抱えていたノートの束を脇の机にどさりと置いて。



「もう用は済んだじゃろう。帰っても良いでありんすか」



そうして、今日もまた可愛げのない言い草。



本当はこんなことを言いたいんじゃない。

本当は、授業以外の時間に少しだけでも、一言か二言だけでも言葉を交わせられるのならと。

教師と生徒という関係の中で、少しだけでも近づけるのならと淡い期待を密かに抱いている。



けれど、今日もそれは失敗に終わりそうだ。

内心がくりと落ち込みながら準備室を出て行こうとする月詠に、しかし銀八は『待て待て』と背後から呼びかけた。



「先生からのご褒美だ。ありがたく受け取れコノヤロー。」



そう言って銀八が月詠の手に握らせたのは、



「…飴玉?」


「季節限定のペ●ちゃんチェリー味だ。」



赤い包み紙に包まれた小さな飴玉。

ご褒美なんて言うから何かと思えば、まるで子供に与えるかのような小さなそれ。

けれど超がつく程の甘党の銀八にとっては、スバラシイご褒美を自分にくれたのだろうと月詠は思った。



――三十路間近のおっさんとは思えぬな。

内心で呟いて、思わず頬が緩む。



「…のう、先生」


「ん?」


「先生は、どうしていつもわっちに頼み事をするのでありんすか?」



唐突に月詠から投げかけられた質問に、銀八は眸をぱちくりと丸くする。



本当はずっと前から気になっていた。

学級委員でもない、国語係でもない月詠に銀八が言い付けをするのは何故なのだろうと。

いつも月詠の側まで来て、誰にも聞かれないようにこっそりと頼まれ事をされるのは何故なのだろうと。



思わずじっと銀八の顔を見ながら答えを待っていると、銀八はボリボリと頭を掻きながら視線を逸らして。



「そんなん、決まってんだろ」



くわえていた煙草をすうっと吸って、天井に向かって煙を吐き出す。



「月詠は先生の『お気に入り』だからだよ」



そうして、再びニヤリと笑った。



その笑顔に、月詠のほうも再びうっと息を呑む。



ああ、悔しい。



三十路間近で超甘党でヘビースモーカーでどうしようもないマダオで、正直どこが好きなのかなんてわからない。

そんなマダオの一挙一動にいつも翻弄されるなんて、悔しい。



「…………わっちは………」


「あー?何か言ったかー?」


「…わっちは…先生のこと…」


「……何?」



そう。悔しいから、このまま先生に振り回されて終わる訳にはいかないのだ。



「…わっちも、先生のことを気に入っておりんす。」


「…はあー?何その上から目線!」



銀八は月詠の言葉に一瞬呆気に取られた後、ハハッと苦笑いを漏らした。



今はこんなふうに可愛くないことを言うのが精一杯。

だけど、高校を卒業する頃には『お気に入りの生徒』のままじゃない。



――今に見ておれ!



ひっそりと決心をした月詠は、手に握っていた飴玉をぱくりと口に放り込んだ。

甘酸っぱいチェリーの味が口の中いっぱいに広がるのを感じながら、ふと銀八の耳がほんのり紅く染まっているのは何故なんだろうと不思議に思う月詠だった。




fin.



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