abyss

□春眠暁を覚えず
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この世界には、わからないことが溢れている。

伝わらない想いが伝わらないのはきっと、

自分が下手くそだからだと思っていた。

でも本当はそれだけじゃない。

きっと合い言葉のようなそれは、

くすぐったいくらい幸せなそれは、

いつもわかっているんだ。

だから今もこうして寄り添っているんだ。






















Episode:0









 ルークは春の陽気からくる眠気に負けそうになりながらも、通学路を歩いていた。昨日降った雨のせいで、散った桜の花びらがアスファルトに張り付いている。空気は多分に湿気を帯びている。十分に温かい。「春眠暁を覚えず」とはこの事かと、この時期に毎年改めてルークは理解する。始業式は正直に言って出たくないルークだが、クラス分けは気になって一昨日の夜から寝不足なのだ。こんなことをナタリアに知られたらおもいっきりけなされそうなので、欠伸は我慢しようと心のなかで誓う。
 昨日の雨とは打って変わった青空を見ていると、まだ納得出来ない気持ちが自分の中に残っているような気がしている。先日言い渡された事実は、どこか遠いおとぎの国の話にしか思えなかった。三文小説とかの類だ。納得など出来やしない。空が落ちてくるような感覚に苛まれながらも、ルークは歩く。そういうものだと悟って。
 ふと視線を逸らした先にルークは、「いかにも」な人たちに囲まれて路地裏に連れ去られていく、真新しい自分の高校の制服を着た女子生徒が映った。人の行動と見た目はかなりの確率で合地するらしい。因みに、ほんの少ししか見えなかったが、可愛い娘だった。かなり。だから「いかにも」な方たちを「いかにも」な、愚極まる行動に駆り立ててしまうのだろう。
 はぁ、とため息一つ漏らして、元の道を彼は歩き出す。今の自分には寄り道してる時間などないのだと。彼は歩き出す。早くクラス表を見たいのだと。彼は歩き出す。彼は歩き出す。彼は歩き出す。
 ルークは歩き出した。路地裏に向けて。
























あぁリグレット、リグレット。
お前はどうしてそれほど「後悔」することがあろうか。
あれは運命だ、宿命だ、既定路線だったのだ。
あぁリグレット、リグレット。
お前は何故「後悔」する。
全てを運命、宿命、既定路線に任せていれば、何も「後悔」することはないはずだ。
あぁリグレット、リグレット。
残念だが、お前がここで「後悔」することすら既に、運命、宿命、既定路線なのだ。
あぁリグレット、リグレット。
「後悔」の深淵で何を見る。


























 香留馬(カルマ)高校で最も模範的で最も強い生徒、ジゼルは階段を下っていた。柔らかい春の日差しが窓から大量に差し込んでくる。昨日の雨で色の濃くなったアスファルトと頭上の空を見比べながら、自分の深淵を覗いてみる。
ジゼルにはあだ名がある。それは「リグレット」。元はと言えばその名前は彼女自身が文化祭用として書いた演劇のタイトルだった。「リグレット」は好評で、いつしか「リグレット」の作者であるジゼルを周りのみんなはリグレットと呼び始めた。今では最も皮肉であると感じながらも彼女は一番自分にお似合いな言葉だと感じている。後悔。そう思うのも、きっとアレのせいだと、もう彼女自身にはわかっていた。
 私は何処へ向かうのだろうかと問いたくなる程ぼんやりした足取りで、ジゼルは光の四角に進んで行く。視界の端で揺れた朱と桃は、何故かこの生暖かい世界で一番愛しく感じられた。





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