Various

「人間は最強じゃないんだよ、リヴァイ」
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巨人という存在を駆逐する集団組織、調査兵団に籍を置く私がこの世で最も恐れている存在というのは、実のところ人類の天敵である巨人ではなく人類そのものだった。

それは何故か。

人間には様々な側面があるからである。善悪から始まり、愛憎に逸れ、優劣に発達し、上下へと隔て、生死に投じる。

その中でも特に面倒なものは愛憎であると私は思う。




「乙葉、レーズンパンじゃなくクロワッサンを朝食に出せと何度言えば分かるんだ」




そして調査兵団に身を置く私の直属の上司にあたるこの男は、私にとって最もどうしようもない人物だった。

人類最強。人々は彼をそう呼ぶ。

勿論それは比喩であろうが、調査兵団の兵士長という役職を持っているのだから並の兵士とは比べ物にならない。権力の話ではなく、正しく実力の話においてはとても。




「朝食の話を夕食に話されても困るんだけど」

「朝食の話だからこそ今してるんだ。今日は無理でも明日の朝食にクロワッサンを出せば話は終わる」

「でも明日の朝食にはクルミパンを出そうと思ってる」

「クルミパンを明後日に回せばいい」

「明後日は黒糖パンだよ」

「クロワッサンを出せ」

「そして明明後日はシリアルとヨーグルトの日だからクロワッサンはまた別の機会に出す予定」

「何故クロワッサンを出さないんだ?」

「どうしてクロワッサンばかりに拘るの?」

「質問に質問で返すんじゃねえ」




舌打ちした彼は不満げな顔でレーズンパンにかぶりつく。早朝から不満を垂れ流すなんて、きっと今日一日はずっと不機嫌だろう。ハンジやエレン君とかにとばっちりがきっとくるな。

人類最強だと人々に謳われる彼はとても人間らしい。いや、人間らしいといえば欠如している感情があるかららしいとは言えないか。

でもゴロツキだった頃と今とを比べれば歴然だ。無駄な喧嘩はしなくなったし、態度も丸くなった。何より口数が減ったんじゃないかな。口数が減ったといっても私やハンジ、エルヴィン団長の前ではそうじゃないけれど。




「大体昨日の打ち合わせは何だ。エルヴィン達とばかり話しやがって、俺とは全く話さなかったろ」

「直属の上司とは打ち合わせの前から内容を話し合っていたから話す必要はないでしょう。エルヴィン団長は兎も角、ミケやハンジとは意見を交換する必要があるじゃない」

「それにしても話し過ぎだ。ぐだぐだ喋ってる暇があるなら鍛練でもしてろ。お前、最近スピード落ちてるぞ」

「スピードっていうか持久力の問題かな。筋力は衰えてないんだけど、持久力がちょっとね」

「なら走れ」

「走るの嫌だからサボってるのに」

「巨人に食い殺されても助けてやらねえぞ」

「巨人に食い殺される前に、リヴァイが私を助けてくれるんでしょう?」

「…………」




素直に『こわい』と思う。

自分で口にした何気ない言葉にくだらない願望に、人類最強と謳われる彼が無言で答えたのだ。無言は肯定。兵士長様が私なんぞに構っているなんて、まあ、私と彼との関係が所謂恋人同士なのだから仕方ないのかもしれない。だからこうして同棲しているのだし。

想いを告げたのが私じゃないから、今の現状に幸福だと感じているわけでも満足しているわけでもない。反対に不幸せでも不満でもない。

家事の分担は互いにきっちりこなしているし、お互いの嗜好が合わないわけでもなく、ただただ同棲する。

彼にとってこの同棲生活をどう思っているのかは定かでないけど、私はこの同棲生活をルームシェアだと思っている。ありきたりな恋人関係とはかけ離れて異端だ。愛のない関係。けれど彼はありのままの私を受け入れてくれた。

人間嫌いでひねくれている無頓着質なこの私を。愛しているのだと彼は言う。

要望のクロワッサンではなく期待外れのレーズンパンを不満げに咀嚼しながらも、昨日や一昨日の朝と同じ雰囲気を纏う彼。この小さく些細な平和が恒久的に続くかのような錯覚を覚えてしまいそうなほど、とても緩やかな早朝。

明日も明後日もパンがクロワッサンじゃないことに不満を訴えながら、きっと彼は些細な幸せを噛み締めながら咀嚼するのだろう。

そうした日常の中でふと思うことがある。壁外調査の最中では、間違っても考えることではないことだ。

私が死ねば、彼はどうするんだろう。

それを考えると、どうも先が読めなくなる。ずっと彼の傍にいたはずなのに、予測すらできないなんて。




「乙葉は死なせない。俺が守ってやる」




何度目かに聞いたその言葉を真に受けることなく、私はいつものように返事を告げる。だってそうすれば、私は巨人よりも『こわい』と感じている人類の中の人類最強に――最もどうしようもなく失いたくない彼に、執着しなくて済むから。










「人間は最強じゃないんだよ、リヴァイ」


私の感情の抑制が手遅れだとしても、こうして平淡で突き放した同棲生活を送るのがお互いに一番いいのだ。

いつ死ぬかもいつ終わりを迎えるのかも分からない戦いに身を置いているのだから、片方が死んでしまってももう片方が前を向いて立って歩けるようにならなくちゃ。彼と比べると私の方が格段に生存率が低いけれど、彼だって人間らしい人間なのだから。

例え壁の中の全ての人類が彼のことを最強であるとのたまっても、私は彼を最強だとは言わない。







***


かなりドライな性格の夢主。兵長とは地下からの幼馴染みで今は兵長の右腕的存在かつ恋人。本当は兵長のこと好きだけど、ハマりすぎた行く末のことを考えて積極的に兵長とべったりしない。想いも告げない。

もし自分が死んで恋人が戦えなくなったりすれば人類滅亡だとか考えてる。でもあの恋人は人類最強だと謳われていて精神的にも強いのだから、自分が死んだくらいでどうってことないのかもしれない、なんてことも考えていたり。何より万が一恋人が死んだりしたら自分は立って歩けないだろうと考えてのことから、事実上恋愛を放棄しちゃってる。

以上、補足でした。



20131205





 

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