短編

□苦い程に
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苦い程に


宿主はやることが女々しい。

今もそうだ。

今日はバレンタインやらで女が男にチョコレートをやる日らしい。


『宿主サマよぉ…テメェの性別疑うぜ。』


チョコレートの製造工場と化したキッチンを見て俺様は溜め息をつく。

部屋中に充満した甘い香り。

反吐が出るぜ。


「お前には関係ないだろ。」


『嫌われたもんだな。』


「何を今更。」


たまに表に出てくりゃこうだ。

宿主にとって俺は邪魔な存在でしかない。

俺様だって必要にされることなど求めてはいない。

唯、気が向いたからこうして宿主がチョコを作る光景を見ているだけ。


「城之内君は5つ…真崎さんも5つ…、遊戯君のはもう一人の遊戯君の分もあるから多めに…。」

型の量を見ても思ったが、実に様々な形がある。

ミルク、ホワイト、ストロベリー、マーブル。味も豊富だ。


それらを相手のイメージや好みに合わせて選び、箱に詰める。

一人一人の個性を考え、想って宿主は正確にチョコレートを割り当てるのだ。

伊達にTRPGを趣味にしてないってか。


『…面白くねぇ。』


あんな単調な作業、見ているこっちが飽きちまう。

箱にチョコレートが収まる度に募る苛立ち。


『…そんな訳分からねぇモン、よく作る気になるぜ。』


つまらねぇ。

中で大人しく王様を倒す手立てでも考えていたほうが有意義か…。

どす黒い感情を抱いたまま、俺はその場を後にした。






『チッ…。』


苛立ちが、止まらない。


『嬉しそうな顔しやがってよ…。』


チョコレートを刻む度、溶かす度、混ぜる度…。

宿主は美しく微笑む。

楽しそうに、喜びに満ちた顔で。


『そんなに楽しいかよ…。』


ずるずると壁にもたれ掛かったまま俺は座り込んだ。

恋や愛なんざくだらねぇと思う俺様でもあの顔を見れば宿主の心が嫌でも分かる。

その心の向く先に、俺はいないという事も。


『俺様らしくもねぇ…。』


と思いながらも沈む気持ちと顔を押さえられない。


『見なきゃ…良かった…。』


ずっと分かっていた。

宿主の気持ちが俺に向かないことなど…分かっていたに決まってる。

いつか必ず、こうしてショックを受けることも分からなかったわけじゃない。

だからこそ…。


『表に出ないようにしてたんじゃなかったのかよ…俺様…。』


それも、過ぎた事。


『此所に居れば…。』


見たくないものを見なくて済む。

見られなくない姿を、見られなくて済むから…。


『俺様は…、宿主に、見て貰いたくて…居るんじゃ、ねぇ…。』


俺様の言葉に偽りは無い。

古の盗賊王がわざわざ現世に蘇ったのは、そんなことの為じゃねぇ。


『…ハッ…。』


もう、自分を嘲る事しかできない。

自分を心の中で説得しても、膝に埋めた顔を上げられない。

馬鹿みてぇじゃねえか…。


『ハッ…ハハッ……はぁ…。』


力無く頭を掻く様を、宿主に見られたら俺、生きていけねぇな…。


『……喉渇いちまった…。』


宿主、寝てる…わけねぇよな。今頃学校に向かってる時間だ。
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