短編2

□七夕の意図的奇跡
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七夕の意図的奇跡


「磯野!兄サマは!?」


「まだお帰りになっておりませんが…。」


「そっか…。」


兄サマがアメリカの取引先に向かってから3日。

大切な取引があるからと一人で行ってしまった。

すぐに帰ると言っていたけど、兄サマは未だ戻らない。

兄サマは仕事で忙しいんだ。

分かってる。兄サマは社長なんだ。

だけど、だけど…。


「…兄サマ、取引長引いてるとか言ってたか?」


「どうやら…思ったよりスムーズにいかないようでして…。」


「そう…かぁ…。」


今まで、どんなに忙しくてもこの日だけはいつも時間を空けてくれた兄サマ。

オレの、誕生日だから…。


「瀬人様にご連絡致しましょうか?」


「いや、いい。…オレ、部屋にいるから何かあったら呼んでくれ。」


「…かしこまりました。」







「はぁ…。オレ…兄サマ離れ出来てないぜ…。」


兄サマが忙しいことくらい分かってるのに。

毎年オレの誕生日が近くなると寝る間も惜しんで仕事を片付けてくれているんだ。


「…兄サマ…。」


コンコン…


「なんだ?」


「モクバ様、使用人及び社員一同よりプレゼントが届いております。」


どうなされますか、と訪ねる磯野の後ろには山積みされたプレゼントが。

これも毎年のことだ。


「ありがとうな。磯野。皆にも伝えてくれ。」


「モクバ様…。」


磯野は優しい。

いつもオレ達兄弟に良くしてくれる。

だからこそオレの寂しさが磯野には分かってしまうんだ。


「妙な顔すんなって!磯野!」


兄サマはKCの社長だ。

オレは、副社長なんだ。

兄サマが居ない時はオレがKCを、守るんだ。


「…。これは私からです。お誕生日おめでとうございますモクバ様。」


「いつもありがとな。磯野。」


「そんな!滅相もございません!」


二言三言会話して磯野は部屋を去った。


「ふぅ…。」


そう、オレは寂しいんだ。

兄サマが居ない誕生日。

どんなに皆に良くしてもらってもやっぱりオレには…。


「あー!駄目だ駄目だ!しっかりしろオレっ!」


つい弱気になってしまって首を振ってみたものの、中々気分が晴れることはなかった。







「帰ったぞ。」


「お帰りなさいませ。瀬人様。」


「用意は出来ているな?」


「勿論でございます。」







いつの間にかうたた寝をしていたオレは、微かに聞こえた軽やかな音楽に目を覚ました。

不思議に思ってロビーに出ると眩しいばかりの装飾。

そして、溢れんばかりの人、人、人。


「我がKC副社長、海馬モクバ様ご入場です。」


マイクを通した磯野の声に場が沸いた。

きらびやかな服に身を包んだ人達が一斉に拍手をする。

…あれはUSAの超重要人物…!

各国の代表とも呼べる人間が何故…。


「モクバ様。皆様はモクバ様のお誕生日を祝う為にお集まりになられました。どうぞお言葉を…。」


優しい声音で磯野がオレにマイクを手渡した。

いまいち状況が呑み込めないオレだったけど、各国の主要人物を前に狼狽えている場合じゃない。

オレはKCの副社長…、つまり、二番目の顔だ。

冷静を装いながら礼と歓迎の言葉をオレは述べた。

自分の口から言葉を吐きながらオレはこの状況を理解する。

どうやらこれはオレのバースディセレモニーらしい。

磯野が言ったように、この面々はオレの誕生日を祝いに…。

……こんなビッグな人物が?

発展途上とは云えまだ世界規模では小さな会社の、それも副社長の誕生日に?

嘘みたいだった。


「それでは皆様、どうぞゆっくりお食事をお続け下さい。」


オレの挨拶も終えて、彼等はまた優雅に動き出した。

緊張した喉から一つ息を吐いてオレは気取られないように、辺りを見渡す。

どんなに凄い人物や大富豪の祝いの言葉よりも、高価な贈り物よりも、オレが今一番欲しいもの。

見慣れた立派な立ち姿を、オレは探した。


「(兄サマ…。)」


目を皿にして、と云うのはこのことなんじゃないかなって思う。

オレは必死に、だけど必死さを微塵も見せないように兄サマを探す。

斜め後ろを振り向いて、やっと、見つけた。

オレの様子に気が付いて薄く笑む兄サマへ駆け寄りたい衝動を必死に抑え、オレは静かに、飽くまで優雅に兄サマへの距離を歩き縮めた。


「お帰りなさい、兄サマ。」


「よく物怖じしなかったな。」


陰で笑み合うオレ達。

特別な日に二人で交わす会話は格別なんだ。
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