BOOK
□novel
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ピエロ
伝える言葉すら忘れるほど
気付いてしまった感情は
気持ちと反して怒涛の如く
この身を襲い侵食していく。
怖い
怖い
どうか忘れさせて。
知らなくて良かった感情に
飲み込まれないように
また今日も道化の仮面着ける。
繰り出す偽者の言葉は、
恐ろしいほど
震えているだろう。
なんて恐ろしい感情だ。
劣化した心でさえも
支えてしまうほどの、
この想いを何と呼べばいいのだろう。
耳に伝わる貴方の
確かな振動に胸焦がれる
この痛みの正体に戸惑いながらも
どうやら自分は道化の仮面で
今日も笑っているようだ。
決して本当のピエロのように
貴方が喜ぶ事は無いけれど
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崩された
思ってもいなかった突然の言葉に
不意に崩された仮面。
『そう思えるお前も
変わったんだろ』
彼の返す言葉は本当に思った事と反していて、正直とても恐ろしい。これだけ必死で嘘で固めてもお構い無しに侵入してくるから尚更。
これ以上は
どうにかなってしまいそうだ
―宵の中
視線を左に移すと酒に溺れた者達が幸せそうに眠っている。あちこちに散ばる瓶に苦笑し、その中から開いていない瓶を一本掴んでドアへ向った。
それを開けば夜の風が髪を掬い、喉に冷たい空気が通る。夜でも街には明かりが灯り、決して完全な闇では無かった。
その薄暗い闇の先には胸の澱みの原因の人物が飛機体に腰を掛けていた。
第一声をどうするか迷ったものの、素早く着けられた仮面の唇が勝手に動いてくれる。きっとこの瞳も笑っているんだろう―。
「お酒、空でしょ?」
「ああ」
―大丈夫
「まだ飲む?」
「当たり前だ」
―今は笑えてる
「これ、欲しい?」
「寄越せ」
「え〜どうしようかな」
―…大丈夫 大丈夫
「仕方ないなぁ…ほら―…」
―ガシャン
「 …―! 」
瓶を渡そうと手を伸ばすと、突如逆に手を掴まれ、強引に口付けされる。
貪るように
吸い付いて
絡んで 沿って
「ぅんんっ…ふ、ぁ」
息する暇すら与えないほど
「っ―んん!!」
「その顔のほうが、いい」
唇が離れ耳元で囁く低い声に戸惑い、赤面する素直な自分に、またもこの仮面を崩されてしまったのかと、居た堪れない気持ちになって―泣きそうになった。
「っ…ばか…ぁ」
「上等だ―」
其の侭溺れていく行為は
仮面すら着ける暇を与えない
それがとても怖いけれども、この心はまた別の何かを必死で求めている。
「ああぁっ―は、…ああ!」
中に渦巻く感情と恐怖が絡み合い
爪先に 腹部に 胸に 喉に 脳に
「あああっ!―も…だ、め!」
「…っ、ファイ―」
弾けるように全てが果てて
熱いものが注ぎ込まれる
震える肩を、今までの乱暴な態度から一転して優しく抱き締められれば、不思議なほど落ち着いて。
背を撫でられると、堪えた感情が堪らず瞳から伝い溢れて、とめどなく流れてしまった。
またこの人に
崩された
それでも、これほど居心地の良いこの感情は何なのだろう。恐怖とは違うそれに気が付く日が来るのだろうか。
その日を待つ事しか出来ないから
どうか今はこの仮面を
気付かないフリをしていてよ。
伝える言葉すら忘れるほどに
"君が好きだよ"
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