2周年企画
□思
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ある山に独りの翁が暮らしていた。
子供も妻もなく、孤独だった。
父や母の死で、もう別れるのが嫌だったのだろうか。
孤独ではあったが、彼は寂しいとは思わなかった。
「今日も元気か?」
彼は家の前にある桜に声を掛けた。
今は冬だから花は咲いていない。
昨日の雪が微かに積もっていた。
「なぁ、わしはもうそんなに永くないんだ。
体がも思うように動かないし、目眩もする。
だが、今さらどうしたいとかはないのさ。
望みがあるとしたらひとつだけ。
お前に満開の花で見送ってほしい。
わしの知り合いはお前だけだからな。
それとも、そう思ってるのは、わしだけかね?」
幹を撫でながら微かに笑った。
「お前がなんと思っていようと、残り僅かだから、これからはお前の隣にずっといるよ。」
その日の夜明け、彼はもう二度と目を開けなかった。
彼が生まれたときからあった、傍にいた山桜は固い蕾だったのに、一晩で満開になった。
まるで、冷たくなった彼を包むように。
まるで、彼の遺言を果たすかのように。
まるで、唯一の友である彼の門出を祝うかのように。
もろともにあはれと思え山桜
花よりほかに知る人もなし