習慣




朝起きると口の中に異物感を感じる。
求める儘に、先が開き気味の透明なブラシを手にして蛇口を捻る。
僅かな塩素の匂いとは裏腹に自分は何にも侵されていないと主張する水が体温と混ざり合って温くなり、口内から排出される。

カラフルなパッケージでお菓子のような甘い香料が使われた薬品をチューブから適量以上にしぼり出して
異物感から解放されるためにエナメル質に擦りつけ磨く。
力一杯磨くことで清潔になると思い込み、遂には歯茎から出血するが、気にせず磨き続ける。綺麗になるため多少の犠牲は仕方あるまい。

先ずは右下、上歯と合わさる部分、裏側、側面、さらにそのまま下前歯を通過し、左下へ。
上も同じように。
時々奥に入れすぎて嗚咽してしまうが、実際吐いたことは無い。

満足するまで磨き、ようやっと口を濯ぐ。

グラスに水を注ぎ、それを口に含み、口内で弄ぶ。
そしてそのまま排水口へ。

磨き終えれば次は歯間が気になりはじめ、洗面器横にある専用の糸を千切り、歯間に押し込め抜き差しする。
歯垢が付着した糸は何故か達成感を感じてしまう。
して再び口を濯ぐ。

次は舌だ。舌の白い部分が口臭の原因である舌苔というものだと知ったときには眩暈がした。
間近に観察すると、確かに苔のようにも見える。共存とはよく言ったものだ。

舌苔を舌表面から削ぎ落とし、再び口を濯ぎ、最後の仕上げに突入する。

歯磨きだ。
己の舌で歯列をなぞり、磨き残しがないか確認しつつ
最後には出来るだけ優しく、歯、一本一本を愛でていくように磨き上げていく。

この数十分間で、私は晴れて異物感から解放される。

ベッドに戻ると恋人が起きていて
キスをせがまれた。
流されながらゆっくりとキスを味わい、私は思う。
嗚呼、一刻もはやく、口内清浄を取り戻さなければ。
気がつくと私は再び洗面所へと向かっていた。





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