毎回変な顔してるよな、
そう言われて少しどきっとした。

私は何とも言えずに戸惑うと、彼は苦笑いを返してきた。








習慣の変化





自分としては、変な顔をしているつもりはないのだけれど
彼に言わせれば変な顔、という表現が一番しっくりくるらしい。
しかしながら実は、心辺りはあるのだ。
多分彼が言うのは詰まるところ私の習慣についてである。
歯磨き、ですか…
そう言うと彼は少ししてから首を振った。

ごめん、違うんだ

一体何が違うというのだろうか…
間違いなく気にしている顔だ。彼が認めることはないだろうけど。

そうですか、とだけ言うと再び口付けようと近付き、肩を掴まれた。
待って…、まだ歯磨いてない
ほらやっぱり。気にしてるじゃないですか
そう言うと琥珀色の眸が揺れ、そしてゆっくり瞬きした。これは全くもって個人的な話だが、彼の睫毛は長く、濡れたように黒い。瞬きすると必ず目を惹かれてしまう。あれは最早芸術の域に達した美しさだ。
さて、話を戻そう。
そうそう、歯磨きについて。
まあ、気にしない方が、とも思わないが。
しかし、どうしたものか。何と言えば伝わるのだろうか。
気にしないでください
別に気にしてないよ
即答、ですか…

私は少し傷ついたが、彼は多分もっと…そう思うと自分の身勝手さがつくづく嫌になる。
違うのに、違わない。

確かに、習慣ではあった。他人は勿論、自身の口内ですら好ましいと思うことはなかった。
磨くための薬品だって、いつも適量以外使うのは自分の味を隠すため。
嗚呼、考えただけでも吐き気がする。

彼はそのことが彼自身にも当て嵌ると思い込んでいるのだ。

実はここだけの話、習慣は先だって、特例を持った。
自分でも自分のことがよくわからないのだが、何故か、彼だけは、平気なのだ。
いや、語弊がある。逆に好意的ですらあるのだ。彼の唾液を、唾液だけとは言わない、体液すべてを欲しいと思ってしまうのだ。
更に言うなら、それを甘いとさえ感じる。
無論、甘味など感じる筈がないのは分かっている。

だが欲しくなるのも事実。一度口にすれば終わり、虜になってしまうのだ。
舌に彼の唾液が滴り、ゆっくりと染み渡る。感覚のすべてが満たされてゆく。舌と舌が擦り合い唾液が体内に。嗚呼…、腰が痺れるとはこの事か、と。ぞくりと這い上がるそれは紛れもない快感で。

しかしそれは今、その特例本人である彼に奪われようとしている。
説明するにも、私の語彙では上手く伝えられる自信はない。

だってこれは私のなかで起きた出来事であり
私の感情が大いに関連しているからである。分かれという方が難しい。


要するに、愛故というやつなのだ。





結局何を言おうと、私のこの気持ちは彼には伝わらないこともあるのだから、世の中全く不条理だ。




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