05/03の日記

06:16
【輪鋒菊(りんぼうぎく)に滂沱(ぼうだ)する】(真武)
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君を初めて見たとき、既視感を覚えた。
知らないはずなのに知っている感覚。
俺は何かを忘れている。
なぜだろう、胸が張り裂けそうなほど痛い。



「タケミっちは兄貴に似ている」

それはふとした瞬間だった。
彼が放ったその言葉は俺の心の奥底の鍵を開けるきっかけとなった。

「真一郎」

続けられたその名前。
自分の脳がそれを認識した瞬間、突如頭に激痛が走る。
脳を揺さぶるほどの激しい痛みに耐えられず、身体は地面へと倒れ込む。
息さえも荒くなる。

「タケミっちっっ!?!?」

自分を呼ぶ声が遠くに聞こえる。
応えることなどできず、自分でさえも身体のコントロールが効かない。
視界に白が広がる。

どれぐらい経っただろうか。
ふと視界がクリアになる。
そして、唐突に思い出した。
どうして忘れていたのだろうか。
あの愛しき存在を、
この狂おしいほどの想いを。

俺が愛した、真一郎くんのことを。
『タケミチ』ー


今からそう3年前、否15年前、俺たちは出会った。
公園でたむろして、他の子達の遊びを邪魔するガラの悪い中学生達が居り、当時小学生だった俺が無謀にも立ち向かった。
勿論、邪魔をされた彼等は怒り、反撃を身体に食らった。
身体はめちゃめちゃ痛いし、目から流れる涙は止まらない。
それでも、逃げなかった。
しつこい俺に怒りがヒートアップする彼等。
振り上げられた拳を止めたのが、真一郎くんだった。
その瞬間、彼は俺のヒーローになった。


『大丈夫か、坊主?』
『無茶すんな、オマエ』
『でも、皆のために立ち向かう姿はカッコよかったよ!』

連れられたお店で、手当てをしながら、向けられた賛辞。
ニカッと笑う、その顔が印象的で、俺の心はポカポカと温かくなり、自然と涙が溢れかえった。
泣いている俺の背を優しい手つきで撫でてくれた。
それから俺は真一郎くんのお店に足しげく通った。
真一郎くんも快く受け入れてくれて、一緒に居るのが楽しくて、俺は真一郎くんに夢中だった。

気づけば恋をしていた。
と言っても、鈍感な俺が気づいたのは、彼とキスを交わした時だ。
何もないところで躓いた俺を助けた時に、唇同士が触れた。
驚いた俺達は、お互いに照れて、見合って、そして自然と2度目は唇が重なった。

『伝えるべきじゃないから黙ってたけど、オマエが好きだ、タケミチ』
『俺も、真一郎くんが、好き』

俺たちに立ちはだかったのは、年齢差と性別。
誰にも言えない、秘密の恋だった。
けれど、幸せな恋だった。
あの時まではー

8月14日ー会う約束をしていた日、俺は高熱を出して、会いに行けなかった。
会いに行けたのは、熱が下がった3日後だった。
真一郎くんのお店に着いて、閉じたシャッターを見て、違和感を感じた。
シャッター前には沢山の花束。
身体に寒気が襲う。嫌な予感しかしなかった。
シャッターに貼られた紙、花束に書かれている名前、それから導き出された答えが分からないほど、ガキではなかった。
その場で蹲り、泣き叫んだ。

8月13日、真一郎くんは死んだ。
愛しい人はもうこの世に居ない。
俺たちは14日に奇しくもどちらも会いに行けなかったのだ。

気づけば、家のベッドの中に俺は居た。
そして、真一郎くんのことが頭からスッポリと消えていた。
愛しい人を亡くし、悲しくて切なくて苦しい想いが、子供の俺には耐えきれなかったのだろう。
記憶が抜け落ちた当初、魂が抜け落ちたように反応が乏しかったそうだ。
それでも、日常へと戻った俺は、徐々に明るさを取り戻し、いつしか元に戻っていった。

そして、何も知らない俺は、ヒナに出会い、恋に落ちるも、東卍の奴隷となり逃げ続ける人生を送った。
26歳、つまり元の世界で15年間も、のうのうと愛しい人を忘れて俺は生きていたのだ。
ショックで胸が張り裂けそうだ。
思い出した今は、こんなにも、頭を占めるのは、真一郎くんのことだけなのに。


雨の中、その場所で佇む。

「遅くなってごめんなさい」

彼が好きだった、タバコの銘柄を供える。

「ずっと忘れててごめんなさい」

手で触れても、そこにあるのは無機質で冷たいもの。
濡れた身体以上に、心が寒くなる。

「好きだよ、好きだっ!」

誰よりも。1番、大切な人。
漸く思い出しても、返してくれる人はもう居ない。

「会いたいよ、真一郎くん」

頬を水滴が伝っていく。
雨は一向に止む気配はないー



END

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