「オフ会」シリーズ

□1・リアル・再懐
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 アスファルトに照り返す熱で気温が40℃を超える真夏の昼下がり、彼は額に浮いた汗をハンカチで拭いながら公園の木蔭に駆け込んだ。

 火照った体を冷やそうとシャツの胸を掴んで仰ぎ、大きく息を吐く。
 温暖化の影響で年々気温が上昇する環境の変化に伴い、こうした小さな公園にも常置されているミストの清涼な風が頬に心地よい。
 図書館帰りに立ち寄った彼の他にも、営業途中のサラリーマンや子供連れが周囲には多く見られた。
 都市部のクールスポットとして数を増やした公園は、今も憩いの場として機能している。幼い頃から首都近郊で暮らしているため蝉が消えた夏に慣れてしまっていた彼だが、珍しく、湧き立つような深緑から油蝉のあの独特の騒音が聞こえてくることに驚いた。
 生命力を強く感じさせる、音。林立するビル群に負けじと鳴いているようだ。
 蒼一色、とは言えない光化学スモッグの晴天模様を、木の葉の隙間から何気なく見上げる。
 零れ落ちる無数の光は眩しく、彼は目を細めてもう一度息を吐いた。日に焼けた鼻が痛い。帽子を被ってきたら良かったと今更後悔する。数年前より酷くなった紫外線を、甘く見ていた。
 鞄からスプレーを取り出し、剥き出しの手首と首筋に吹き付けた。一瞬鳥肌が立つほどの冷たい刺激は、すぐに湿気を帯びた熱気で溶けていく。缶を戻そうとしたとき、大学ノートと専門書が入った鞄の中でモバイルが点滅していることに気づいた。
 辺りを見回し、座れるベンチを探す。柴犬を連れた老人の隣が空いているようだ。
 近づき、老人に一言断りを入れてから、その場にしゃがみ込んで犬の頭を撫でる。腹這いに寝そべっていた犬も、さすがにこの暑さには参っているのだろう。舌を垂らし荒い息をしながらも、嬉しそうに尻尾を振った。
 ベンチに腰を下ろし、膝の上でモバイルを開く。
 ALTIMIT MINE ―― 起動音とともに立ち上がったOSで、2件のメール着信の報せが更新されていた。
「…さっそく、か。相変わらず仕事が早いな」
 彼は苦笑して独りごち、画面をタッチしてメールステーションを選択した。
 一つは勧誘の広告だったので読まずに削除し、もう一つを開く。差出人は、やはり"彼"だった。
 例の件について調べてくれると言った"彼"の言葉に嘘はなく、情報屋として名を馳せていた頃よりも実力は格段に上がっているようだ。確か近年導入されたばかりの飛び級制度で、今は自分と同じ大学生なのだったか。
 まだ『The World』を続けている"彼"とこうして連絡を取り合うのは、久しぶりだった。


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