「オフ会」シリーズ

□2・世界・喪哭
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 なぜ。
 それだけが頭の中を占めていた。
 探せる場所は全て探し尽くし、それでも見つからないことに苛立ちと不安を抱えたまま、ハセヲは重い足取りで大聖堂の扉を開いた。
 錆付いた蝶番の軋みと、鉄扉の轟音が厳かに響き渡る。外とは違う種類の光が眼孔内に眩いほど満ち渡り、瞬間、歌が急に強さを増した。重なり合う賛美歌のような旋律が聴こえる大聖堂は記憶にある光景そのままで、ハセヲの胸に様々な感情の波が押し寄せてくる。
 塵一つない、磨き抜かれた鏡のような床を踏み、光溢れる祭壇を目指して歩いた。足音が高く反響し、鼓膜を打つ。飴色の長椅子、高い天井、正面で鈍く光る三爪痕(サイン)。――全てが見慣れた光景だった。ここへ何度も足を運び、禍々しいあの傷を睨みながら己の無力さと復讐心を再確認していた日々は、もうずっと遠い昔のことのように思えてならなかった。
 女神の像は、今も消えたままだ。
 かつて、無形の概念としてあらゆる場所に偏在していたという暁の希望。光、音楽、0と1で形成されるネットワーク全体のシステムを司る、世界そのものだった。
 その女神は、既に物言わぬ存在としてとこしえの眠りについている。世界は再び導きの手を失ったのだ。未来は人に託されたと言えば聞こえはいいが、ハセヲに言わせれば、ただの責任放棄だった。
 いや。
 最初から、そんな女神などいなかったのだ。
 そう思うことが出来れば、どれだけ。
 鉄柵の前で立ち止まり、拳をきつく握り締めた。項垂れ、目を瞑る。見えなくとも、赤く脈打つ三爪痕(サイン)を生々しく瞼の裏に再現できた。オーヴァンが"去った"今でもなお、データに刻まれた傷跡は己の存在を主張している。まるで、忘れるなとでも言うように。
 忘れる訳がない。
 だが、いつしかハセヲが祭壇の傷に対して抱く想いは、当時とは全く違うものになっていた。
 ハセヲは一心に、耳をそばだてる。微かな音も逃すまいと。あの音叉の響きが、今にも聞こえてこないだろうかと。
(どこにいる)
(何で急にいなくなった)
(なぜだ。なぜ)
 何も言わずに姿を消した少年の姿を思い浮かべながらハセヲが歯噛みしたとき、ごそり、と背後で物音がした。
 はっとして振り返る。
 一瞬だけ歓喜に沸いた表情は、すぐに驚きへと変わった。
 三列目の長椅子から、長い欠伸とともに二本の腕がにょっきりと生えた。ハセヲが強く期待していたものではない、細くしなやかな少女の腕。
「お前…!?」
 大きく伸びをして、背凭れに手をかけながら随分とリアル臭い仕草で起き上がった人影を見て、つい叫んでしまう。
「…んんー…?」
 幾ら人気がないとはいえ、誰が訪れるかも判らない場所で堂々と寝オチしていたのだろうか。やたら眠そうな声を出しながら、少女の姿をしたその撃剣士はのそのそと通路に出てくると、ハセヲを半分閉じた目で見やった。
「えーと、どちら様でしたっけ。PKは御免ですよー…………って…ん。ハ、セ、ヲ…?」
 PC名を読み上げるごとに瞼が開いていき、ついには驚愕の面持ちで仰け反る。
「ハセヲー!? えっ本人だよな、名前はハセヲだけど他人の空似じゃないよな、なにその白い格好!?」
「あ、いや…これは」
 突然の再会と質問攻めに、どう答えていいものか戸惑うハセヲの態度を観察するように眺めていた少女は、何かに得心したのか顎に手を当てて頷いた。唇が笑みの形に吊り上がる。
「へーえ。あんたがチートに染まったとは聞いてたけど…本当だったんだ」
「三郎!!」
 声を荒らげて抗議する。
 自覚があるだけに指摘されたときの狼狽ぶりは他人の目にも見て明らかだったが、三郎は急にからからと笑った。
「冗談だって。だいたいの事情は判ってるから。アリーナの三タイトル戦もばっちり見てたしね」
「だいたいって…」
 呆れて呟く。もうレイヴンとは無関係な彼女が、いったいどこまで知っているというのか。


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