「オフ会」シリーズ

□5・リアル・滞動
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 腰が痛い。
 しかも、眉間の内側にも鈍痛を感じる。まどろんでいた間は特に気にならなかったのに、一度目覚めてしまうと後は勝手に覚醒していく意識につられて、痛みが堪え難くなってきた。
 眠気はもう消えている。しかし、目を開けたくなかった。もはや全身が痛い。無理な体勢で寝てしまったからかもしれない。今は何時だろう。いつ気を失ったのだろう。まるで、頭蓋に鉛か何かが詰まっているかのように、思考が重く淀んでいてはっきりしない。
「うう…」
 唸る。
 振動が頭中に響くようだ。
 正直、喋るのも辛かったが、いつまでも浅い眠りにしがみついて頭痛を我慢している訳にはいかなかった。今日は確か、人と会う約束があった筈だ。
 のろのろと頭を起こす。なぜか、油が切れたぜんまい仕掛けの玩具を思い出した。腫れぼったい瞼を瞬くと、睫毛と目頭に固まった目ヤニがこびりついている。顔を洗わなきゃ、とふいに思った。きっと、今の自分は酷い顔をしているのだろう。
 冷たく硬い机に置かれた、枕代わりの両腕を見下ろす。
 涎は、出ていない。なんとなくほっとする。この間、講義中につい口を開けて寝てしまい、隣に座っていた同じゼミの友人に呆れられたのだった。
 腰と背筋を伸ばしながら、椅子の背に凭れかかる。頭の重みで圧迫されていた血が一気に流れ出し、痺れ始める指を頚椎にかけて、首を回した。
 普段は鳴らない間接の音。
 頭を振ると、軽い眩暈がする。
「……はぁ…」
 溜め息までついてしまった。
 目の前には、休止モードになった端末が投げ出されていた。
 コネクタに繋いだ外付けのROMドライブのランプは、緑の待機状態で点滅している。
 締めきられたカーテンの外は、白に近い明るさだ。夏なので、早朝でも陽は既に高い。気温が上がりきる前にと、油蝉の鳴き声が遠くからでもはっきりと聞こえていた。
 左右のこめかみを指で強く押さえ、椅子を後ろに押して、身体の筋をゆっくり伸ばしながら立ち上がる。
 写真立ての横のアナログ時計は、8時前を差していた。
 やはり、あのまま眠ってしまったようだ。
 魁斗は腕を伸ばして充電器から端末を取り外し、ROMドライブの開閉ボタンを押した。
 静かに吐き出されるトレイに乗った無記名のディスクを、暫し睨むような目で見つめ――やがて自嘲とも嘆息ともつかぬ吐息を鼻から出すと、ケーブルを引き抜いた。


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