「オフ会」シリーズ

□8・世界・壊古
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 黒い斑点が音もなく崩れ、消失していくのを横目にしながら、ハセヲは奥に続く闇へと顔を向けた。
 頻繁にちらつくノイズが治まる前に、胎道のような、暗く狭い道を駆け抜ける。
 映像の乱れによる方向感覚のずれはどうにか我慢できるが、稀にサーバーとの同期がとれなくなり、PCごと硬直してしまうのはさすがに焦慮を招いた。短時間に何度も憑神戦を行ったことで、回線に高負荷がかかっているのだ。
 もう少しで最深部に着くというのに、ゲームから弾かれてしまっては、逸る感情の納めどころがない。
 コントローラーを握る手に力が入る。夕飯の後からずっと持ち続けていたプラスチック製のそれは、汗でじっとりと濡れていた。
 確かめてはいないが、リアルの時刻は、とうに深夜を回っているはずだ。
 ベッドに仰向けで寝転がっている自分のズボンに、腱鞘炎になりかけの掌を擦りつけた。酷使し続けた指が曲がった形で硬直し、引き攣れた痛みを訴えている。
 小腹も空いていたが、階下に降りる時間さえ、今は惜しかった。
 ダンジョンをうろつく雑魚MOBを一掃しつつ獣神殿を目指すハセヲの動きには、ほとんど無駄がない。先制攻撃もそこそこに、現状の最強の武器とアーツを駆使し、耐性を無視した力押しで次々とモンスターを葬っていく。配置された宝箱やキノコには目もくれず、全ての部屋をくまなく回り、黒い影を認めた瞬間に憑神を呼び、数十秒後にまた走り始める。
 標的はAIDAのみであるため、ハセヲは極力、無心であろうと心掛けていた。
 最終段階への進化を遂げたスケィスは、誇張ではなく最強の力を持っている。魚類や甲殻類の姿をしたAIDAなどに今さら後れを取ることはないが、一瞬でも油断すれば不利に陥ることは自明の理だ。焦りが隙を生み、ミイラ取りがミイラになったのでは、笑い話にもならない。相手の怖さをよく知っているからこそ、不安と焦りで乱れている己の感情に、気を取られるわけにはいかなかった。
 AIDAは、かつての進化経路を同様に辿りながら、急速に手強さを増してきている。戦闘を重ねるごとに、それが嫌でも実感できた。
 この速度は、異常だ。
 『再誕』発動によるネットワーク強制リセットで無力化されたAIDAが、たった数週間で、以前は半年以上もかかった段階にまで達している。人間の感情を主な増殖の糧とするAIDAの性質から考えれば、感染者の数が少ない現状からの急成長が、不気味でならない。
 とはいうものの、検証に関しては、欅と八咫に任せ、ハセヲは尖兵としてAIDAを駆逐することに専念すると決めていた。
 むしろ、考えたくもない――というのが、正直な気持ちだった。
 獣神殿が近づくにつれ、足取りは、少しずつ重くなってきている。
 移動速度に変化はない。しかし、胸の裡にある暗濁色の塊がゆっくりと質量を増し、肺を圧迫するような息苦しさがある。
 迷いが、ハセヲの足を鈍らせようとしている。
 きっと、心構えができていないせいだ。
 期待よりも、どうせ今回も無駄足だという、落胆の方が強いのだろう。僅かな可能性を求めて何度汚染されたエリアに飛んでも、手がかり一つ得られないことに慣れかけている自分が、嫌になりそうだった。


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