「オフ会」シリーズ

□2・世界・喪哭
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 カイトが消えてから、一月(ひとつき)が経っていた。

 気づいたのは、いつものようにメールを送った時だ。それまで何の異変もなかったのに、突然、返信がぱたりと途絶えた。間もなく送信エラーがホスト側から返ってきて、パーティに誘うことすら出来なくなくなってしまった。
 同じ騎士であるバルムンクとオルカも同様に、女神の寄越したアドレス自体が削除されたのか、更新後のメンバーリストから名前ごと消えてしまったのだ。
 そんなこと一言も、ハセヲは聞かなかった。聞いていたなら阻止した筈だ。四六時中ログインして、あらん限りの力で彼を繋ぎとめ、絶対に手放さなかった。もしかすると、女神はそれを見越していたからこそ無言で三人を回収したのかもしれない。
 女神の守護AIである三蒼騎士をどうこうできる者など、女神以外にはありえない。自らを守る三本の剣をハセヲに託して再びの眠りについた筈の女神は、親が子を連れ戻すように、否、創造主として己の創造物を還してしまった。
 ハセヲには、数回やり取りしただけのメールと、ここで最後に対峙した際に手渡された『虚空ノ双牙』だけが、残された。

「…なぜ私に、頼むの?」
 三郎の問いかけは真偽を窺うように慎重だった。
「私なんかより、人捜しの得意な奴くらい、あんたのお仲間にいるんじゃない?」
 そのときハセヲの脳裏に浮かんだのは、欅の顔だった。
 確かに彼のスキルをもってすれば、カイトの行方を探し出すことも不可能ではないだろう。しかし、その方法だけは嫌だった。広大なネットの海を捜索したその先に、もし絶望しかないとしたら――
 ハセヲは不安を振り払うように頭を振った。
「……なんで、そんなこと」
「その格好を見れば何となく判るさ」
 パイさんも八咫さんも世話になってるみたいだし、と冗談交じりに付け加え、三郎はまた肩を竦めた。ハセヲが初めて見る、少女とは思えないシニカルな笑みを口許に刻む。
「残念だけど、力にはなれない」
 いつもと同じ捉えどころのない口調で、三郎は言った。
「私は傍観者としての立場を崩さないつもりだし、これ以上そっちに踏み込みたくもないから」
「三郎…」
「そんな声を出しても駄目。三爪痕を見つけるんなら、あんたが自力でやらなきゃ。ずっと、そうしてきたんだろ?」
 真実など知らない筈なのに、まるで悟ったような言い方をしながら三郎は踵を返して聖堂の唯一の出入り口である大きな扉を向いた。長い髪を束ねて重く垂れた布地が、振り返る勢いで大きく揺れる。
 軽く傷ついて黙り込んだままのハセヲに、細い背中がぽつりと、
「…ま、タウンにいるPC達の噂やBBSの書き込みをチェックするくらいなら、やってもいいぜ」
 驚いたハセヲが辛うじて意識の隅から「すまない」を引っ張り出して口にすると、三郎はおかしそうに笑った。
「やっぱり、変わったな」
「…そうかもしれない」
「私はもう落ちるけど…あんたは?」
 ハセヲは祭壇を見た。
「まだ…ここにいる」
「そう」
 素っ気なく答えて、三郎は今度こそ躊躇なく歩いていった。やがて扉の閉まる音が背後で聞こえ、ハセヲは詰めていた息をそろそろと吐く。何かを恐れるように、自分の吐息の音が聞こえないほど、小さく。


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