「オフ会」シリーズ

□3・世界・予侵
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 目の前にいる鎌闘士が、きょとんとした顔をする。
 何が起きたのか判らなかった。表情を失い呆然とする鎌闘士が、ぎこちない仕草で、肩に置いていた手に視線を落とす。
 手首から先が消えていた。
「…う、え…?」
 きれいな切断面を見せる自分の腕に、鎌闘士が混乱して口を鯉のように動かす。PCに血や骨などはないものの、データ片が光の粒になって断面に纏わりついていた。――おかしい。直感で呪療士は思った。日常的に『The World』で行われているPKだって、こんなエフェクトは起きなかったはず――
 ……PK?
 自分で考えたことに、呪療士は訝る。
 今、PKと思ったのか。そんなことをする理由がない。でも、なぜ?
 その考察に至る前に、不自然に硬直し続けていた斬刀士が、急にびくん!と痙攣し、身体を腰から二つに折り曲げた。
「…ア、ア、ア、」
 気管を詰めて息を絞ったような、声というより鳴き声に近い不気味な音が、斬刀士の喉から漏れる。
 脱力した彼女の右手には、必殺刀・磁晶丸が握られ、刃先が地面を削って線を描いていた。その先端付近に、変な形をした石ころのような物体が落ちている。
 ――鎌闘士の、手首だ。
「あ、あれ…? 痛い…?」
 動揺しきった声で、鎌闘士が震えている。何がなんだか判らず立ち尽くす呪療士の鼓膜を、けたたましい哄笑が引き裂いた。
「アハハハハハハハ!!!」
 びくり、と怖気づいた呪療士の前で、がくんがくんと狂ったように上半身を揺らしながら、斬刀士が笑う。
「アひャアハハ簸蛙%亞@ξ!!?」
 途中から言葉が変わった。あまりに酷い奇声で正しく変換されなくなったのだろうか。
 悪ふざけにしては、度が過ぎている。未だに向こうを見たままの斬刀士に、呪療士は耐え切れなくなって声をかけた。鎌闘士と違って彼女に手を伸ばすことを躊躇ったのは、脳裏にとある予感がよぎったからに他ならない。
「ねえ、ちょっと…」
 唐突に、斬刀士が動きを止めた。
 まるで再生していた映像を一時停止したような、異様な沈黙。
 ――――そして。
 ゆっくりと振り返った斬刀士の表情に、呪療士はひっと短い悲鳴をあげた。
 白目を剥いた眼に、だらしなく涎と泡を垂らす口、細かく引き攣った頬と眉間。左右非対称の、醜悪な顔……
 バグ、だ。コントローラーを、本能で握り締め、呪療士は斬刀士から少しずつ後退った。逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ。
 ――逃げなければ!!
 斬刀士の腕が、ぞんざいな動きで振り回される。明らかに通常のアーツの速度を超えた刀剣が、自失状態に陥っていた鎌闘士の鼻から上を切り飛ばしたのを見たとたん、呪療士は声が裏返るほどの激しい悲鳴を上げていた。


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