「オフ会」シリーズ
□3・世界・予侵
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呪療士は必死に逃げていた。
途中、操作を誤って何度も壁にぶつかり、来たことのない道を進んで蒸気扉に阻まれる。そのたびに、後ろを振り返りたくともできない恐怖がじわじわと精神を侵食していった。
それを振り切るように、また走る。
人より逃煙球を多く持ち歩いているのは、せめてもの幸運だった。いっそ、モンスターに殺される方がまだましだ。理由は判らないが、少なくとも"あれ"は、捕まったら最後、だと思わせる、何か――覚めない悪夢の中で、とてつもなく大きくて恐ろしいものに背後から追われているときの感覚に似た、根源的な怖さがあった。
逃げても逃げても、追いかけてくる。彼女が怖いと思う全ての根底に共通する、何か。
…普通じゃない。
喉は、からからに渇いていた。
あの鎌闘士は、どうなったのだろう。
エリアでパーティ解散はできないため、未だ2人の様子は簡易ステータスで確認できる。だが――非戦闘時であるにも関わらず、鎌闘士のHPがゼロから戻らない。それなのに、蘇生の対象から外れてしまう。"瀕死"と扱われていないのだ。だがそもそも、パーティ内でのPK行為は不可能なはずだ。
全て、バグのせいなのか。
混乱していて、思考がうまく纏まらなかった。真っ先に思いついたのは、逃げる、という三文字の言葉だけだ。
PKされる前に逃げる。ひ弱な呪療士として習慣づいていたこの行動が頭に残っていて良かったと、彼女は心底思った。タウンに一刻も早く辿り着かなければ。タウンではPKできないし、きっと2人も、元に戻る――
袋小路を避け、ダンジョン入り口までの道のりを逆走していると、区画の繋ぎ目にあるプラットホームがマップの端に見えてくる。
そこに、3人のPCがいることに気づいた。
彼女が今感じている恐怖とは無縁な、和やかなムードの3人を見るなり、叫ぶ。
「たすけ――助けて!!」
極度の緊張で引き攣った大声を聞いて、3人がふらつきながら駆け込む呪療士を見やった。
「助けて、助けて、おねがい…!」
うわ言のように助けてと繰り返す呪療士を、怪訝な顔で見ていた2人の女PCの間にいた男PCが、にこりと人懐っこい笑顔を浮かべる。
「どうしたんだい? そんなに悲愴な顔をして…せっかくの可愛い顔が台無しじゃないか」
「ちょっと!」
甘い声音で尋ねる男PCの隣で、連れの女PCが非難めいた声をあげた。じろりと呪療士を睨みつけ、面白くなさそうに言う。
「放っておきましょうよ、どうせPKに襲われたんでしょ。ここからなら、すぐに帰れるんだから…」
PK――その単語がやけに印象強く耳の奥に残った。すげない彼女らの態度に呪療士は少しだけ冷静さを取り戻し、ならばこの先に進むだろう彼らに危険を報せるべきだとおかしな義務感に駆られる。
「でも一緒にパーティを組んでた人が、急にあの、様子が変になって、それで!」
「落ち着いて」
穏やかな声音で、水色の髪の――クーンという男PCが言ってきた。悪夢のような光景を思い出してパニックになりかけた呪療士が、ハッとする。