「オフ会」シリーズ

□3・世界・予侵
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「もう大丈夫だから。何があったのか、聞かせてくれないかな?」
 促す声はあくまで優しい。表情こそ変わらないままだが、ほんの少し、口調に気づかれない程度の強さが混じる。
 声に促されるまま、呪療士は喘ぐように言った。
「連れの様子が急に変になったんです。訳の判らないことを言って、もう一人をPKしちゃって…そのやり方も、なんか普通と違ってて」
 話しながら、自分は何を言っているのだろうとふと思った。こんな話を、見ず知らずの他人が信じる筈がない。それほど真実味に欠けた内容だと判断できるまでには、思考力が回復していた。
 だが、呪療士の予想に反して男は笑わなかった。逆に笑みを消し、何かを考え込む素振りをして、まさかな、と小さく呟く。
「その…変、になった人だけど…そうなる直前に何かを見た、なんてことなかったかい?」
「え?」
 呪療士は焦った。信じてくれるのか。
 その考えが通じたわけではないだろうが、男はふいに微笑む。
「君みたいな可愛い女の子の言う事を疑うはずないだろ? …それで、何か見たかな。例えば――――…黒い点とか」
「え……それ、は」
 例の、ウィルスのことだろうか。
 呪療士は首を振って否定する。見ていない。それに確かあのウィルスは、完全に消えたと聞いている。
 急に何を言い出すのかと、呪療士は目の前のPCを徐々に警戒し始めた。無意識に身を引いた彼女に、男は慌てて誤魔化すような笑いを浮かべる。
「あー、っと…いや何でもないんだ。ごめん、……そうだよな、そんなことある訳ないんだよ…」
 最後は半ば独り言のように自分に言い聞かせながら、男は左右で不満そうにしている女PCを交互に見やった。
「悪いけど…今日はもうここで解散して、君達は彼女とタウンに戻ってくれないか?」
「えぇ〜?」
 口々に不平を漏らす2人に、男は眉尻を下げながら、手を合わせて何度も拝む。今まで軽薄そうな雰囲気だったのが、本来の人の良さが表れてどこか憎めない感じに見えてくる。
「ほんとにごめん、この埋め合わせは必ずするから!」
「絶対ですよ、クーン様ぁ?」
 それほど長くは食い下がらず、2人は最後に念を押して、プラットホームに歩いていった。手を振って見送っていた男は、呆ける呪療士に視線を戻し、さあ君もと早口で急かしてくる。
「後は俺に任せて、君はタウンに戻ったほうがいい」
「でも」
「いいから」
 有無を言わせぬ語気に怯み、呪療士はびくりと肩を震わせた。切羽詰った声を出した男は呪療士ではないその後方を睨むように見据えていたが、ほんの一瞬のことで、彼女が疑念を抱く前にすぐ笑顔に戻った。
「もし心配なんだったら、後で連絡してくれ。はい、これが俺のメアド」
 言いながら、気軽にアドレスを手渡してくる。反射的に受け取ってしまった呪療士に、男は再度微笑みかけ、
「さあ、行って」
 一方的に話を切り上げられては、もはや逆らえる術はない。呪療士は僅かに逡巡したものの、足は既にプラットホームへ向かって動いていた。この場所に、一秒も長く留まりたくなかったのだ。



 呪療士が転送されたのを見届けてから、――クーンは、口許に刻んだ笑みを深くした。
 今さら偽善者ぶって正義の味方を気取るつもりはないが、困っている女の子を助けることは性分なのだ。少なくとも、自分がいるエリアでPKなど、絶対に許すわけにはいかない。
 そのくせ余計なことに首を突っ込んでは、パイやハセヲに呆れられるのだが――クーンは心中で苦笑した。そう言えば、一ヶ月ばかり彼らに会っていない。
「鬼ごっこは終わりだ。いい加減に、出てきたらどうだい?」
 不敵に言い放ちながら、視線を通路の奥へと向ける。
 ある種の、予感めいたものがあった。PCと精神で深く繋がっている碑文使い特有の感覚が、ひどく嫌な気配を拾っていたのだ。木々の擦れ合う音より強いざわめきは強さを増し、やがて壁の暗がりの向こうから、形となって現れる。
 ざ、ざ、ゆっくりと時間をかけて、上体を不安定に傾がせながら歩いてくる屍人のようなそれを、クーンはじっと見つめていた。


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