「オフ会」シリーズ

□8・世界・壊古
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 先に、今の状況を理解して貰う方がよさそうだった。
 暫く考えて、ハセヲは違う質問をした。
「ここに来るまでに、黒い点を見なかったか?」
「黒い点なんて色々あるだろ。どのことだよ」
「…ディスプレイに浮き上がってくる、丸い染みのことだ」
「ないな」
「ここだけ頻繁にノイズが走るのを不思議だと感じないのか?」
「回線が重いせいだろ」
「このエリアで奇妙だと思ったことは? 本当に何もないか?」
「しつこいな、あんたも。そりゃ、今まで一匹もモンスターに会わなかったのは拍子抜けしたけどさ」
 寒月は小馬鹿にするように鼻で笑い、肩を竦める。
 やはり、事態の深刻さには気付いていないらしい。
 モンスターがどこにもいないのは、ハセヲが道すがら全て駆逐したからだ。エリアの敵は一定時間が経過するとリポップするため、自分が通過してからあまり経たないうちに寒月が訪れたのだろう。それを遠まわしに愚痴っているのか。だとすれば随分と狭量な逆恨みだ。
 ハセヲの質問攻めでますます警戒心を強めたらしい寒月は、これ以上戯言になど付き合えないと思ったのか、プラットホームから離れて奥に歩いて行こうとした。
「待て」
 苛立ちながら呼び止める。
「危険だって言っただろ。人の忠告は素直に聞け」
「るせぇな、関係ないだろ」
 まったく聞く姿勢のない寒月に、ハセヲはため息をついた。
 なんとなく、昔の自分を思い出させる奴だ。ここまで酷かったという自覚は、あまり持っていないが。
「関係あるんだよ。俺はユーザー側のGMだ。だからプレイヤーの行動を監視する義務がある」
 驚いた顔で、寒月が振り向いた。腕組みで立っているハセヲを、まじまじと見つめる。
「…マジ?」
 ハセヲは無言で頷いた。
 もちろん、嘘に決まっている。だが、GMはゲームマスターの略語である他に、ギルドマスターという意味も持ち合わせている。まるきりのでたらめという訳ではない。
 多少は萎縮して大人しくなってくれるかと思ったが、寒月が次に言った台詞は、ハセヲの予想と大きく違っていた。
「じゃあ、まぐれ当たりか…」
「なに?」
 目を見開くハセヲに、顎に手をあてた寒月がしたり顔を向ける。
「このゲーム、今いろいろおかしいって噂だろ。だから確かめに来たんだよ、俺」
 寒月は、網目状の水面を映し出す壁面に視線をやった。その目つきは、意外にも真剣そのものだ。どうやら偶然迷い込んだのではなく、訳ありらしい。
 だが、確かめに来たと豪語する割には、AIDAウィルスがもたらす被害に関しての知識が少なすぎやしないか。胡乱に思ったハセヲがそのことを問い質す前に、寒月がこちらを向いた。
「あんた、GMなら何か知ってるよな?」
「…そういう質問には答えられない」
「守秘義務ってやつ? ……ふぅん、まあいいか。行ってみりゃ判ることだしな」
 言い終わる前に、さっさと踵を返して奥に向かおうとする。ハセヲは慌てた。まだ攻略に拘ろうというのか。
「おい。聞いてなかったのか。ここは危険だから出て行けって何度言わせる気だ」
 後を追いかけ、進路上へ回り込んで、道を塞ぐ。
 足を止めた寒月は、面倒そうに半眼の視線を斜め上に逸らし、頭を掻いた。
「どう危険か調べるために来たんだぜ? ここまで来て、はいそうですかと帰れるわきゃねえだろ。それとも何か? GM権限でも使って俺を垢BANするか?」
「それは…」
 言いよどむハセヲに、寒月は畳みかけるように続けた。
「やってみろよ。あんたの名前をネットのあちこちに晒してやる。陰湿な嫌がらせ受けましたってな。ユーザー側のGMってことは一般の奴らには秘密なんだろ。知られたら困るよな?」
 なんて厄介な奴だ、とハセヲは思った。今さら、有名税で偽PCが出てくるほど自分の認知が広まっている現状に抵抗はないが、もしもまずい形で運営の目に留まれば、今より動きづらくなることは経験則から言って確実だ。
 もちろん、CC社が自分たちの活動に気づいていないはずはない。AIDA被害を食い止められるのは運営による物理的な処置などではなく、碑文使いがもつ特殊な能力だけだ。これまでと同じく黙認しているのは、そういった効率重視と日和見主義的な理由からである。だが、ユーザー側から苦情の申し出があれば、CC社は契約上、重い腰を上げざるを得なくなる。現場のSSが証拠として提出されたら、言い逃れはできない。
 碑文使いとはいえただのPCだ。行動可能な範囲は、ゲーム内のルールに準じている。
 GMと名乗ったのは逆効果だったようだ。こちらの言い分を信用はしてくれたが、抑止どころか、むしろ確信を持たせる形になってしまった。
 ――どうする。
 ハセヲは迷った。
 ここで行かせてしまえば、八咫の雷ならぬ小言の嵐を食らうことは目に見えている。だが、保身を優先するなら行かせた方が賢明だ。正義の味方を気取って、リスクを顧みず他人の安全を守りたいと思えるほど、ハセヲは"いい子ちゃん"ではなかった。
 たった数秒ほどで痺れを切らしたらしく、身じろぎをした気の短い寒月に、渋々と首肯してやる。
「好きにしろ。気が済むまで調べればいい。ただし、ここから先はてめえの自己責任だ。何があっても俺に文句は言うな」
「お、話が判るねあんた!」
 とたんに機嫌が直ったのか、寒月は浮かれた声を上げた。少し横に移動してやったハセヲの前を、鼻唄でも歌いそうな態度で傲岸不遜に通り過ぎていく。
 後ろ姿が洞窟の暗がりに完全に消えてから、ハセヲは嘆息した。
 これが最良の選択であったかどうか自信はないが、どうせ調べたところで、何も判りはしないだろう。素質がなければ、AIDAの本体も、憑神さえもその眼で見ることはできないのだ。ただ一瞬"チカッ"と光るだけの、不思議な現象だと思うはずだ。
 それにもし、奴が感染してしまったら、あるいは――
 そこまで考えて、ハセヲは苦笑交じりに首を振った。馬鹿げている。今までに4人もの感染者が出たが、一度もなかったではないか。
 淡い期待を苛立ちで塗り潰し、ハセヲは先を急ごうとした。
 そのときだ。
 電子音とともに、ショートメール受信の通知が画面中央に表示された。


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