「オフ会」シリーズ

□8・世界・壊古
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 マク・アヌの中央区にある露店広場は、この時間帯にしては珍しく、全部のショップが店員で埋まっていた。
 専用NPCではなくプレイヤーが直に店番を務めるため、接客が面倒であること、時間の無駄使いであることなどの理由で、一般には敬遠されている。ギルド内ではローテーションを組むなどして工夫しているようだが、当然すっぽかされることも多い。固定の担当が売買時に使う定型文を用意して、サブPCを店に立たせ、自身は退席しているかメインで遊んでいるという、ハリボテのショップが殆どである。
 しかし中には、自発的に店番を買って出るPCもいる。
 ガスパーもその一人だ。
 毎日、学校から帰ってくると、鞄を置いて『The World』にログインする。その前にCrimsonカードのデッキを構築したり、新着メールを確認したりするのも、欠かせない日課だ。ゲームの勝敗はどうなっているか、冒険を通じて仲良くなったPCから遊びのお誘いが来ていないか。本当の顔や名前も知らない相手と、まるで実際そこで会っているかのように交流の輪が広がっていくのが楽しくて、このゲームを続けているようなものだ。
 RPGの醍醐味は敵を倒してアイテムや経験値を稼ぐことだが、誰かと争うことが嫌いなガスパーは、タウンで友達とお喋りしていた方が性に合っている。リアルでは同学年の中でも特に体格が良いため、色々と競争の矢面に立たされがちだが、ここではひ弱なウ族の少年でしかない。自分の本質を体現しているこの容姿が、ガスパーはとても気に入っている。
 そして今日も、例の如くいつもの場所で店を開きながら、暇を持て余してやってきたシラバスと世間話に花を咲かせていた。
「それはさ、卵が先だよ」
 訳知り顔のシラバスが指を立てて言った。
「僕らが知ってる鶏は、品種改良されたものなんだ。それは別々の優良種同士をかけあわせた卵から産まれたんだから、やっぱり卵が先になるんじゃないかな」
「でもでも、鶏は鶏だよねぇ。鶏は鶏からしか産まれないんだぞぉ。卵を産むのは鶏だから、やっぱり鶏が先なんじゃないのかな〜?」
「う〜ん…進化の過程まで遡るとややこしいけど、鳥が突然変異していきなり鶏になった、なんてわけないし。鶏は産まれた時から鶏だから、その鶏になるべくして産まれた卵が始まりだと思うんだよね」
「むむむむ…なんだか頭がこんがらがってきたぞぉ……あ、いらっしゃいませだぞぉ〜」
 ショップを覗きに来たPCに、ガスパーが元気よく挨拶した。
 PCは暫くリストを見ていたが、何も買わず、そのまま無言で立ち去っていく。ガスパーの落胆の気配をM2D越しに感じ取ってか、カウンター横にいたシラバスが、軽く肩を竦めた。
 品揃えの豊富さと、他店舗より多少値が張るものの売り子の言葉巧みな購買誘導による繁盛っぷりが自慢のショップどんぐりは、開店してから瞬く間に完売してしまうことで、その筋ではけっこう有名になっていた。
 しかし、今日ばかりはどうにも客足が乏しく、売り上げも芳しくない。なぜなら、現在ショップに並んでいるのは、お世辞にもレア品と呼ぶには程遠い、ガラクタばかりであるからだ。
 売り物はいつもギルドマスターのハセヲがどこからか山のように調達してきてくれるのだが、最近ではガスパーとシラバスが自分達の倉庫から不要品をかき集めて出品するというありさまだ。
 そのせいか、冷やかされて終わり、という残念なやり取りが、先ほどから何度も続いていた。
「…売れないね」
 そう呟くシラバスは、気落ちした台詞とは裏腹に、暢気そのものだ。
「相場の2倍の値段から、ちょっぴり下げてみようかな〜?」
 応えるガスパーも、のほほんとしていた。
「あ、そうそう、さっきの話の続きだけどさ」
 何事もなかったように、シラバスが中断していた論議を再開させる。
「卵が先、って主張する人の割合の方がずっと多いらしいよ」
「ねぇシラバス、そもそもこれって、何から始まった話だったっけ〜? オイラもう頭がぐるぐるで、覚えてないぞぉ;」
 眉根を寄せ、ガスパーが実際に首から上を回す。
「ええと、確か……親子丼は、鶏肉と卵、どっちから先に食べるかっていう話だったと思うけど」
 言いながら、シラバスが何かに気づいたように、目線をガスパーから逸らした。
 黄金色に染まる凱旋門をくぐり、この広場を目指して歩いてくるPCがいた。紫を基調としたその奇抜な服装に限らず、全体にまとう優美な雰囲気が他のPCと比べて明らかに異なっている。腰には細身の刀を携えているが、戦うどころか、風が吹いただけでもその場にくずおれてしまいそうな、儚い脆さを感じさせる。
 もっとも、それは外見だけの話で、実際はアリーナで連続優勝するほどの、卓越した腕の持ち主だ。
 ハセヲや揺光を通じていつの間にか言葉を交わす程度には親しくなっていたシラバスは、こちらを見つけて向かってくる細身の麗人に、にこりと笑いかけた。
「やあ、エンデュランス!」
「こんにちはぁ〜だぞぉ〜」
 ガスパーも続けて、手を振るエモートをしながら挨拶した。そんな2人を軽く一瞥して、半分夢の中にでもいそうなふわふわした足取りで店の前に立ったエンデュランスは、頭をゆっくりと巡らせる。


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