「オフ会」シリーズ

□8・世界・壊古
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 中央の噴水を囲むように点在するショップの指定場所で、カナードが陣取っているのは最も人目に付きやすい、凱旋門の真正面である。
 積み上げられた木箱やカウンターに陳列する商品は演出用の小道具(オブジェクト)であって、実際にそれらを、ユーザーが利用できる訳ではない。外周の建物に沿って並んでいる、日焼けした厚い布を棒で押し上げただけの簡素な露店も同様だ。しかし、やはり場所取りは売上に影響するので重要だ。南西側は常に建物の陰になっているためいまいち人気が薄く、逆に噴水を囲む日当りのいい場所は人目につきやすいから好まれている。日によっては、特色や雰囲気を重視し、日陰で状態異常カスタマイズの武器や各種呪符を売る、個性豊かなギルドもあるにはあるが。
 ショップどんぐりがあるこの場所は、全方位に視界が広く開けており、活気づいた市場を楽々と見渡すことができる良い立地条件にあった。
 リアルの時間帯は、最もログイン人口が増える午後9時以降に入っている。過疎化の気配を感じさせない、賑やかな市場をぼんやりと眺めていたエンデュランスは、ふと2人に顔を向け、切れ長の瞳をすっと翳らせた。
「……ハセヲ…………見なかった…?」
「ハセヲ?」
 半ば予想通りの問いに、ガスパーとシラバスは即答を避けて、互いの顔を見合わせた。
 どちらかと言うと、ハセヲと単なるギルド仲間でしかない自分達よりも、より深いところで関わりをもつエンデュランスの方が詳しいと思っていたのだ。
「……実は、僕ら、3日前から会ってないんだ」
「ログインはしてるみたいだけど、こっちには来てないぞぉ〜」
「…そう…」
 短い返事に、失望の色が見えた。
 エンデュランスも当然ハセヲのメンバーアドレスを所持しているから、ログイン状況は判っているはずだ。今もオンラインになっているから、どこかにはいるのだろう。度重なるAIDAの調査で多忙な彼の邪魔にならないよう、必要以上の介入を避けてきた2人だが、彼と同じ立場であるエンデュランスでさえ行方を掴めないというのは妙な話だった。
 脇に立っていたシラバスが、腕組みした姿勢から、顎に手を当てる。少し考え込んでから、俯くエンデュランスに声をかけた。
「メール送ってみた? 用事があるならそうした方がいいと思うよ?」
「…ううん……たいしたことじゃ…ないから」
 小さくかぶりを振ると、エンデュランスは控え目に笑った。
 2人はまた顔を見合わせる。今時類を見ない、度が過ぎるほど一途にハセヲを想い続けるエンデュランスが、メールでの連絡を遠慮している。これも珍しいことだった。
 こちらの疑念に気づいたのだろう。エンデュランスは体の向きを変え、
「少し…誰にも邪魔されずに考え事したくて…………それをハセヲに、メールなんかで教えるのは嫌だし…だから途中で立ち寄ってみたんだけど…」
 照れ臭いのか、単に説明するのが面倒なのか、小声でぼそぼそと呟いて踵を返す。藤色の長髪が優雅になびいて、主人の後を追った。
「…あ」
 歩きかけて、何か思い出したのか立ち止まった。
「もしハセヲが来たら……伝えておいてくれないか…」
「いいよ。なに?」
 笑顔で快く承諾したシラバスに振り返ると、エンデュランスは言った。
「ボクに用があったら……『Δ隠されし 禁断の 冥界樹』に…いるって…」
「うん、わかった。伝えておくね^^」
 そのまま、まっすぐ凱旋門下の人ごみに消えていったエンデュランスを2人は無言で見送った。暫くも経たないうちに、周囲の喧噪が戻ってくる。ボイスチャットでやり取りされる会話は、リアルとそう変わらない喧しさをゲーム内に再現している。設定でON/OFFを切り替えられるが、今まで全く気にならなかっただけに、意識するといっそう耳に障った。
「…はう〜ん」
 突然、ガスパーがすんと鼻を鳴らすような音を出した。
「どしたの、ガスパー?」
 視線を戻すなり、大げさに肩を落とすガスパーに気づいて、シラバスは驚く。
「オイラ…オイラ…」
 大きな瞳を潤ませて、ガスパーは勢いよく顔を上げた。
「あの雰囲気に呑まれて、一言も『買って』って、言えなかったぞぉ〜…!!」
「…うん」
 商魂逞しい相棒に、シラバスは適当な相槌と、苦笑を返した。


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