おとなりさん。
□「死にそうじゃ、助けてくれ」
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おとなりさん。
「おはようさん」
月曜日。私は日曜日と月曜日の2日間、大学の講義を入れていなかったが、8時にマンションを出た。
出た、と言ってもほんの数歩。両手には黒いゴミ袋。
この地域では燃えるゴミの日である。
「おはよう、におー」
私より少し後に出てきた男は欠伸を噛み殺しもしない。
脱色だろうか、地毛なのかわからない銀髪が太陽の光と反射している。
彼は仁王雅治。私と同じマンションに住み、同じ階に住み、一言でいえば「お隣さん」である。
偶然にも同い年だ。多分、同じ大学ではないと思う。
いくつもの学部を持つ広い大学でそう推測できるのは、彼が誰の目も引くような顔立ちだからだ。
切れ長の目、通った鼻筋、細身だがヒョロっとしているわけではない体型。
そしてこの銀髪だ。ミーハーな友達がすぐにでも騒ぐだろう。
そしてその仁王雅治は、大学どころか、行動まで謎であった。
とにかく毎晩――夜8時くらいだろうか、それくらいの時間に出かける。
その日は帰ってこない。翌朝も帰ってこない。帰宅するのは、翌日の昼だ。
なぜそんなことを知っているかというと、ここの壁が薄いことから説明しなければならない。
2か月ほど前。
普段より少し早めに帰られる日だったある日の夕方、音がした。
その音は隣の部屋から聞こえ、暫くして壁を叩かれていることに気がついた。
寝相が相当悪いのだろうか。
迷惑な話だ。
そう思って夕飯を作っていると、隣の部屋の住人の声がした。
「……死にそうじゃ、助けてくれ」
その時は流石に頭が真っ白になったのを覚えている。
携帯電話を手に取り、インターホンを鳴らす。3回ほど鳴らすと、銀髪の男が真っ青な顔で出てきた。
「どうしたんですか!? 大丈夫ですか! 」
ただ事じゃあない。
そう判断して問いかける私に彼が言った言葉。
「三日何も食っとらん……腹が減って死にそうナリ。何か作ってくれんか」
それが私と仁王雅治の出会いだった。
その時は確かオムライスを作って持って行った。
驚愕、怒り、安堵。色々あったものの、三日何も口にしていない人を放置することができなかった。
美味い。
そう言って細い身体に似合わず残さず平らげた彼に理由を聞くと。
自分じゃ料理は作ることができないから遊びの女に作らせていたが、その女がキレて出て行った。
他の女を呼ぼうとすると、女性の連絡先がすべて消されていたことに気付き。
そのころにはもうコンビニに行く元気もなく(勿論ショックでではない)、
三日経って限界が来たらしい。
「そのオムライス、今すぐ吐け」
私はあまりに酷い理由に呆れかえりそう言った。
なのに、それ以来なぜかゴミの日は壁を叩く契約が結ばれてしまった。
そしてその謎な仁王雅治のことを、私は少なからず気になっている。