La corda d'oro

□その微笑みを守るために
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その微笑みを奪い、小日向に憎しみをぶつけ続けたのは他でもない、俺自身だと言うのに。

いつの頃からか、奴が視界の中に入り込むのが当たり前でほんの数時間の事でも、姿が見えないと何かに酷く焦っていた。
けれど、いざ来てみると飽きることなく憎しみをぶつけて小日向を俺の視界から追い出す。

しかし、視線をさ迷わせては奴の後ろ姿を探していた。

完璧な演奏で、ヴァイオリンが二度と弾けないくらいには絶望させてやるはずだったのに。
気付いたら思い描いていた敗者の立場にいたのは俺だった。


「小日向、」
「、はい?」
「………小日向?」

何故ここに居るのか、とでも言うように目を合わせれば、小日向は拗ねたように頬を膨らませて鞄をごそごそと漁った。
なんだか嫌な予感がして、目を逸らしたがお構いなしと言うように目の前に野菜ジュースが突きつけられて、溜め息一つ。

「差し入れ、です!」

反射的に受け取ってしまうあたり俺は毒され始めたはずだ。
しかしこれを口にしないとなんだか違和感が拭えないのも事実で。口が裂けても言わんが。

「………小日向」
「どうかしました?」
「、いや」
「そう、ですか?」

野菜ジュース1つで小日向の笑顔が続くと言うならば、喜んで受け取ろうではないか───などと俺らしくない事を思いながら、ヴァイオリンケースに目を落として口許をふと緩めた。

「練習をするか」
「、え」
「……行くぞ」
「ちょ、ちょっと、待っ」

ぎこちない動きで掴んだ小日向の手首は、少し力を入れたら折れそうなくらいに細い。
今は、手を伸ばしたら簡単に触れられる距離に小日向が居る事を日常に感じつつ、真昼の山下公園に足を進めたのだった。



(横目に見えた小日向の笑顔に無意識に口許が緩んだ)
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