La corda d'oro

□愛に溺れて生きていく
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瞼の裏に光が射して、もう起きなくちゃならない時間だと思うのに自棄に意識が霞んで、思わずシーツを掴み、引き寄せて再び意識を手放そうとした。
しかし、肩を揺らされる感覚にゆっくりと瞼を持ち上げて、視線をさ迷わせれば困ったように口許を歪めた彼が見える。

「冥加、さ……?」

寝起き特有の舌っ足らずな声でそう問い掛ければ、彼は眉根を顰めて深い溜め息を吐いた。
その溜め息に霞んでいた思考が一気に晴れて、慌ててベッドから上体を起こすと目を瞬く。

「……あ、あれ?」
「やっと起きたか」

呆れたような、でもどこか優しい響きを含んだ声が聞こえて恥ずかしくて窓の外に目を反らせばその光の量に目を見張る。

「えっと、まさか?」
「………11時だ」
「う、嘘!?どうして起こしてくれなかったんですか!?」

目尻に涙を溜めながらそう言えば、冥加さんはピクリと肩を揺らして押し黙るとそのままリビングへと続くドアに消えていって、私も慌てて後を追う。

珈琲を手にした冥加さんは、机に置かれたミルク入りの珈琲に目線を投げて書類に目を落としてしまい、私は苦笑いを浮かべるとマグカップを手にした。

「冥加さん、ご飯食べた?」
「いや」
「じゃあ急いで作ります!」

椅子に掛けてあったエプロンを掴むと、キッチンへと走る。
勝手知ったる他人の家───ではなく、恋人の家状態で冷蔵庫を開けると使えそうな材料を取り出してシンクに置いた。
キッチンを動き回っていても特に何か言われる訳でもないのは積み重ねてきた時間があるからだと思いたい。

そう言えばあれからもう4年は経つのか、と考えながら手を洗おうとし───目を見開く。

「冥、加さん、っ」

慌てて振り返ると、彼は書類から目線だけを上げていて私はパクパクと口を動かしたが音にならなくて顔を真っ赤にする。
溜め息を吐いて書類をテーブルに置いた冥加さんはゆっくりと私に近付いてきて、私はその度に煩いくらい鼓動を鳴らす。

「玲士と呼べるようになったらそれの責任を果たしてやる」

そう言った彼の表情が驚くほどに穏やかで、唖然と見つめてしまうが彼の言った言葉を理解すると同時に更に頬を染める。


「あ、の」
「……なんだ」
「えっと、その、っ」
「…………嫌、か」
「ち、違います!!」

反射的に俯いていた顔を上げれば、想像していたより冥加さんの顔が近くにあり、再び俯いてしまいそうになった───が、それを彼が許すはずもなくほんの一瞬だけ熱が触れた。

「………頑張り、ます」


もう、逃げ場もないくらいに深く沈んでいると言うのに。
それでもまだ私を捕らえようとする彼に、苦笑いを浮かべながら消え入りそうな声で、ただ一言だけそう口にした。




(光放つシルバーリングはここにあるから)
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