□金糸雀は歌を知らない(2
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金糸雀は歌を知らない2






雨は嫌いだ。
暗く冷たく、全てを洗い流すように降り注いで、あたしを濡らす。
本当は何も洗い流してくれないくせに。
冷えた着物がべったりと肌に纏わりついて鬱陶しい。
せっかく整えてもらった髪型もすっかり台無しになってしまった。
よりにもよって1人で城下町に出てきた時に限って、あぁあたしったら雨女なんだから。
せめて町中にいる時に降ってくれれば傘を買うなり借りるなり出来たのに。
丁度城と町の中間くらいの何もない道端で降られるなんて、あぁ不運。
大きな木の下で雨宿り、景気良く降り注ぐ雨粒は容赦なくあたしを濡らしていく。
いつもなら呼ばずとも飛んでくる煩わしい忍びも、今はいない(らしい、呼んだけど来ないもの)。
「あー、困った。」
ぐっしょり濡れた着物は酷く重たくて、体温ばかり奪っていく。
走る、なんて選択肢は最初から持ち合わせていない。
「本当、困った。」
雨は嫌いなんだ。
冷たく、嫌なことばかり思い出させる。
消し去りたい、忘れて、何もかも忘れてしまいたいような、昔話だ。
「むかーしむかし、あるところに。」









あるところに、おじいさんもおばあさんも、おとうさんもおかあさんもいませんでした。
だぁれもいない、くらくてさむいへや。
ひざをかかえてすわりこむ、そとではあめがまどをたたきつけて、あぁうるさい。
あたしはだまってここにすわっているだけ。
そうしていれば、そのうちにどうせだれかやってくるから。
かってにどあをあけて、ここはあたしのへやなのに、かってにはいってくる。
だけどあたしはもんくをいったり、あばれたり、してはいけない、しない。
だまって、おとなしく、いうことをきいていれば、いたいことはされないから。
どうしていても、いやなことはされるけど、いたいのよりは、いい。
いたいのはきらい。
ぶたれたり、けられたり、ひきさかれるような、ことをされたり、そういうのはきらい。
なでまわされるのも、いじくりまわされるのも、きらいだけど、いたいよりは、いい。
あばれてても、あばれなくても、いやなことをされるのはおなじだから。
だからあたしは、だまって、おとなしく、していればいい。
ぐぅ、とおなかがなった。
きょうはまだごはんたべてないから、おなかがすいた。
つぎのひとがくるまで、まだじかんがかかるから、でも、それまではたべものもこない。
あのちゃいろいどあをあけて、にげたら、にげれるのかな。
おいかけられたり、しない、かな。
きっとおいかけられてすぐにつかまってしまう。
それで、またいたいことをされる。
にかい、ちょうせんして、にかい、つかまって、かぞえきれないくらい、なぐられた。
だからあたしはもう、にげない。
えほんみたいに、おうじさまがきてくれることも、ない。
だってあたしはおひめさまじゃないから。
かぼちゃのばしゃも、がらすのくつも、きれいなどれすも、どくいりりんごも、ない。
このままおおきくなって、おとなになっても、こうやってすわっているんだろう。
おねえさんくらいなら、きっとだれかがやってくる。
でも、おばあさんになったら、どうなるんだろう。
ちっぽけなおばあさんになったじぶんが、ひざをかかえてすわりこんでいるのをそうぞうしてみる。
あぁ、きっとだれもこないんだろうな。
そんなおばあさんをなでまわしたいおとこなんて、いないだろうな。
だったら、あたしがすわっているのはきれいなうちだけなんだ。
きれいじゃなくなったら、どうするんだろう。
しんじゃうのかもしれない。
だれもきてくれなくなったら、あたしはしんじゃうんだ。
でも、このままいやなことをされながらいきていくなら、だったら。
さっさときれいじゃなくなって、さっさとしんじゃったほうが、いいのかもしれない。
どうしてじぶんがないているのか、それだけがわからなかった。








「遅い。」
「ごめん、寒かったでしょ?」
ふわり、肩に羽織をかけられる。
でも、それだけじゃ冷え切ったこの体は何も温もりなんて感じられなかった。
鮮やかな橙が目に入ったかと思ったら、あっという間に近づいてきて、見えなくなった。
「冷たくなってる。」
「口づけで判断しないでよ。」
「本当に、遅くなってごめんね。」
抱きしめられて、あぁ佐助の匂いだ。
暖かい佐助の腕の中にいるにもかかわらず、寒さはどこにもいってはくれない。
「泣くほど寒かったの?」
優しい、声だ。
抱きしめる腕は力強く逞しいのに、酷く優しい悲しい声。
「泣いてなんかない。雨じゃないの。」
「うん、そうだね。」
何もかも、知った風に言うこの男の優しさが嫌だと思う。
何にも知らない癖に。
あたしが泣くわけない、だって涙なんてもうとっくの昔に使い果たしたもの。
とっくの昔に、一生分の涙を流しきったもの。
「行こうか。すぐに湯浴み出来るようにしてきたから。」
そう言ってあたしを抱え上げようとする佐助を手で制して。
「もう少し、このまま。」
自分の声がやけにしおらしく感じられて気に入らない。
みんな、みんな雨が悪いんだ。
雨が降るから、昔を思い出したから、古傷を冷たく抉られたから、だから。
「うん、分かった。」
余計なことは何も聞かない、聞かなくても分かってるから、そんな男だ。
黙ってあたしを抱きしめるだけ。
雨の降る寒い中、立ち尽くすびしょ濡れのあたしを抱きしめる迷彩柄の忍び。
なんて馬鹿馬鹿しい絵だろう。
いくらあたし達が美男美女だからって(自画自賛、しちゃった)メロドラマのワンシーンみたいね。
「寒い。」
「寒いね。」
「雨うざい、むかつく。」
「そうだね。」
単語だけで繋がる会話。
言わなくても通じる、なんて好きじゃないけど、今日はまぁ良いかもしれない。
これが幸村だったら、きっと、言っても通じないんだろうな。
濡れたあたしを抱きしめる佐助もすっかり濡れてしまって、でもそんなのあたしには関係ない。
佐助が勝手にやってることだもの、あたしのせいじゃない。
あたしは、悪くない。
いつだって、あたしは悪くないのに。
「謝ってばっかり。」
耳に届いてやっと声に出ていたことに気付く。
「名前ちゃんが謝ったことなんてあったっけ?」
そんなこと一度もない、此処に来てからは、一度も。
「使い果たしちゃったのかもね。」
涙と同じ、ごめんなさい、も一生分使い果たしたから出てこないのかも。
どうして殴られるのか分からずに、何度も何度もごめんなさいした。
何もしてないのに、ごめんなさいもうしませんからごめんなさい、ごめんなさい。
「痛いのは、嫌いなの。」
「好きな奴いないでしょ。」
「幸村、とか。」
「旦那のアレは違うって、たぶん。」
「何であたしが殴られなきゃいけないの。」
「綺麗な物程汚したり傷つけたくなるからじゃない?」
「あたし、あんたのそういうところ好きじゃない。」
ほらやっぱりあんたはそうやって何でも知ってますって顔をして。
灯りも消さずにあたしを組み敷いた佐助は、あたしの体に残る痣を知ってる。
それについて何も聞いてはこないけど、馬鹿じゃないから見当は付いてるはず。
それでも何も聞かない、胸を痛めたりもしない。
だって、佐助はあいつらと同じ枠でしょ。
そうやって笑いながら、あたしに痣をつけようとしてるでしょ。
「俺様は名前ちゃんのこと全部好きだけどなぁ。」
「それくらいじゃあたし傷付かないよ。」














俺様が愛を囁いたって、その体に印を付けたって、どうせこっちを見てくれないなら、せめて泣かせるのは俺様だけでも許されると思うんだ。

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