Conan

□UNKNOWN 03
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「…何やってんだよ、オメーは」






後ろから声が掛かる。人の背丈よりも高いフェンスの上に腰かけ、遥か眼下に煌くネオンを見下ろしていた俺はやっと屋上の扉の方へと向き直った。今日は少々こちらに来るのに時間が掛かったようだ。随分と長い間、夜の街を見ていた気がする。単調な筈の屋上のコンクリートに残像が残っている。






「…いや、綺麗なモンだよね、ってね」






輝き続けるネオンサインは黒く暗い筈の街を煌々と照らし、その命を削っている。交換の効くそれらは、夜道を照らし、妖し気な雰囲気を漂わせながら、仄暗い店内へと一日に疲れた人々を誘う。この街は、眠ることを知らぬ夜の街だ。少し逸れた路地裏で、飢えた猫の瞳が光る瞬間など、誰も気に留めることはない。






「…悪趣味だな、やっぱり、オメーは」






こんな姿の街が綺麗に見えるなんてな。そう言って名探偵はこの明るい街に不似合いな小さな姿で俺を嗤った。酷く板に付いた腕を組むその姿は既に“小学生”という一般的に言えば子供の域であるそれを越え、下手な大人より余程大人らしかった。






「…な、名探偵。アンタが目指すモンは何だ」






シャーロック・ホームズに憧れている子供は、今でもそれを望んでいるのだろうか。この限られた短い年数の間に子供はどんな変化を経てこんなにも大人びてしまったのだう。この夜の束の間の逢瀬に彼の子供らしい面など、一度も見たことがない。どんな難解な問でさえも解いてしまうこの少年は何を求める?






「……、きっとオメーと同じさ。…俺は、平穏に戻りたい」






ポツリと言ったその少年の言葉の先から、静寂が俺を襲う。周囲の音はプツリと消え、ただその空間だけが、偽物の俺を受け入れた。妙な安心感に、情けない笑いでさえ漏れた。星の光でさえ届かぬこの大都会に2人だけの錯覚を憶える。






「…俺は、それでも、非凡な存在でありたいよ」






周囲に溶け込むのは好きだけれど、混じり合うのは嫌なんだ。え、といる短い言葉が返って来たが、それは意図的に無視した。否、物理的にも無理だったかもしれない。何故なら俺は浮かんではそのまま外へ出てゆこうとする高らかな笑いを抑えることに必死だったのだから。何て可笑しいのだろう。矛盾する俺に対し、真っ直ぐな信念を持つ少年。何故出会って何故話して何故笑っているのだろう。対極にあるべき人間が、楽しくお喋りをしているなんて。何て可笑しいのだろう。ああほら、パトスを殺す為にロゴスが追って来たよ。冷めた思考がどんどんと熱を奪ってゆく。パトスが“執着”という名を与えられたのならば、ロゴスにも名を与えてやらなければ。ああ、こんなのはどうだろう。“狂気”。“執着”という少しばかり甘く苦い思いを赤黒く醜い“狂気”で塗り替え、満たすのだ。






きっと、君でなければ、パトスもロゴスも相討ちで死んだままだったのにね、名探偵。





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