Conan

□隠したナイフは僕の盗んだ、悪意
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隠したナイフは僕の盗んだ、悪意。





「…そうは思わねェ?」
「…あーっと、…何の話してたんだっけか」
「…自己犠牲の話。」




内容が暗ェんだよ、とも思ったが、口には出さない。ややこしくなるのが目に見えているから。この男はよく唐突に分かりにくい話題を持ち出してくるのだが、男の脳内で完結されている事柄なだけにどう反応すればいいのか分からない。既に、自らの問いの解など出ているだろうにこうして男は俺に尋ねて来るのだ。




「…で、オメーの結論は」
「…馬鹿だよなぁ、って」
「…端折り過ぎ」




こういう会話をし出すと、幾ら何時もは居心地がいいとはいえ、面倒だ。俺を掻き乱していく。頭の構造が全く違うんじゃないかと思える程に理解し難い。それに加えてこの男は、結論を導き出した過程をよく飛ばす為にどんな思考をしているのか皆目見当もつかない。




「…だってさ、アレって自分が満足する為にするもんでしょ?態々他人の為に身を切るなんて馬鹿の極みだろ」
「…そういうオメーにもそういうトコがあんだろ」
「…まぁな」




俺はそこまでお人よしではないから他人の為に死んではやんねェけどな。




このベンチに来る途中で買ったカフェオレをズルズルと啜りながら平然と男は言う。俺の方などは一切見ずに。何故真昼にこんな話をしているのだろう。そう思ってはみるが、切っ掛けなど些細なことだったのだろう。思い出せなかった。握るコーヒー缶に水滴が付着しているのが不快でそれを一気に煽る。体温に温められた苦い液体は、大して美味くもなかった。




「…お前はどう思う」
「…は?俺?」




突然振られた問いに間抜けな返答をした。男は是が非でも俺の意見が聞きたいらしい。これが周りに他のヤツらが居たらこんな問いなど俺に投げかけないだろうし、こんな普段見ないような真面目な顔などしないだろうに。やっぱり昨日のゼミの飲み会出とけばよかったと今更ながらに後悔した。そうすればきっと今頃二日酔いで潰れているに決まっている。




「…馬鹿らしいとは思うけど、そいつらからしたらまた別の理由があんのかもしれねェだろ。ま、俺はオメーみたいに極論主義ではないもんでね」
「…つまり、動機なんて自己満足以外にも無数にあるって?」
「あー…、まぁ、違ってはないな。例えば、直感的、とかさ。理由じゃねぇんだろ」




男は自らの髪をくるりくるりとカフェオレを持っているのとは別の手で弄っている。これは、この男が他人を理解しようとする時の癖だと最近知った。そしてその癖は、人間を理解する時だけの癖だということも。男はベンチの上に乗せた両足の間に顔を埋め、ブツブツと言葉を並べている。




「…オメーにとって、さ」
「あ?」
「自己満足さえ、敵か?」
「…どういう意味だ」
「満足を得るのさえ、許されないのか、って話」




漸く顔を上げた男は怪訝そうな目で俺を見る。きっと今まで俺がそんな目をしていただろうに形勢逆転だな、なんて意味も無く思ってみた。沈黙に笑いさえも込み上げる。




「…俺自身が得るのは俺としてはいいことだとは思うけどな。他人の満足の為に殺されちゃあ堪ったモンじゃねェだろ」




言うと再びカフェオレを啜る。俺の持っていた缶コーヒーは既に残っていない。ズルズルとストローを鳴らし、中身が無くなったのを悟った男は無造作に紙パックを放った。その軌跡を目で追えば見事にゴミ捨ての中身と同化した。俺も同じ様に放ってみたがカランという乾いた音を立てて弾かれた。まるで疎外感を浮き彫りにするかの様に。




「…とんだ自己中心的思考だな」
「…うるせェな」




持っていた、男とは反対側に置いた鞄に手を忍ばす。硬い感触の後にプツリと肌の切れる感覚。痛みは大して無い。そのまま先端へと手をずらせば尖った切っ先が存在を主張する。あの男は他人の為に殺されちゃ、堪ったもんじゃないらしい。じゃあ、この男の彼女はどうだろう。最近付き合い出したという、幼馴染みは。この刃に貫かれて死ぬ筈のあの女。俺からこの男を盗んでいったあの憎い女。俺の自己満足の為に死にゆくであろう醜い女。きっと明日には命の無い女。きっとこの男は、気付かない。そして知らない。




俺を一度殺した女に、復讐を。




俺が、生きてゆく為に。








運命というのは
正直、よく分かりませんがきっと人は
生まれた瞬間から
人を殺める定めなのだと
思うのです。




その癖
他人のそれを
悪とし、
自分のそれを
正当化し、
正義とするのです。




何と滑稽な。




だって誰かを犠牲にしないと生きてはいけないのだから。
自己犠牲なんて、結局は人間の自己満足の集大成だ。


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