Conan

□痛みと安堵
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「…なあ、俺は何の為に生きているんだろうか」






無気力そうな目で工藤は黒羽を見た。時折こういう節のある工藤は、黒羽の前でだけ、弱音を吐く。高校生探偵であった工藤は年齢の逆行という通常の感覚ではありえない事態を起こし、その後再び死さえも思うような激痛の中、解毒剤によって元の体に戻った。それからだ。工藤がこうして無気力そうな目で、無意味な問いを投げかけるようになったのは。






「…さあな。考えるだけ無駄だろ、んなこと」






黒羽は決まって同じ答えを返す。何故か。自らの答えが工藤の求める答えと違うのを知っているからだ。何かを具体的に指し示すことで工藤が退廃していきそうで、それが黒羽には何より恐ろしかった。






「…考えずにはいられないんだよ。どうしていいのかさっぱりだぜ」






黒羽の方を向いて工藤は笑うが、曖昧な苦笑は最早誰に向けてのものでもない。本当はどこを見て、誰に話しかけているのかも分からない。ただ、黒羽の方を見て、話す。疲れた様な表情だった。諦めた様な声だった。それこそ自ら死んでしまいそうなくらいには。






「……じゃあ、考えられなくなるぐらいメチャクチャにしてやるよ」






そう黒羽が言うのは、恐怖から逃れる為だった。この手に抱いていれば、消えることはない。安堵の為に、黒羽は工藤を抱いた。








「…いっ!…んん…っ」






大して慣らしもせず挿入される痛みに工藤が呻く。切羽詰まる様子の黒羽は怯えているようにも見えた。それに自らは恐らく気付いていない。痛みを与えていると知りながら、黒羽は止めることが出来ない。工藤もまた、止めさせることが出来ない。止まってしまえば、その先の未来を嫌でも見なければならないから。何かに追い立てられながら黒羽は懸命に腰を打ちつけた。次第に艶を帯びる工藤の矯声に揺れる獣染みた目は、確かな安楽を求め彷徨っていた。遠い、遠い、地の果てを求めて。






「…んっ!……いたいっ…くろ、ば…っ!」






切れぎれに発する言葉は黒羽を抗議するものであったが、それは毎度の如く意味の無いものとなるのは目に見えていた。その裏で工藤は自らを嗤う。痛みを自分がただ享受するだけの行為ではなく、工藤自らがそれ望み、欲しているのだと黒羽は知らないからだ。異常な精神に正常な思考を乱されてから、生死の境が視えなくなった。黒羽から与えられる痛みだけが、生を感じさせ、夢見させた。安堵を齎らすものは、対極を成す痛みだった。それが無ければ自らの存在さえ何かに染まってしまう、そんな恐ろしささえある。工藤は悟られぬよう小さく身震いした。






「…あっあっ……も…だめっ…くろッ…!」






震える工藤は限界を示すが黒羽は聞いていないかの様に行為に没頭していた。つるりと撫でる紅みの差す肌は汗ばみ、敏感ゆえに律儀に反応を返している。愛おし気に口付け、やっと黒羽は工藤の耳元で甘く囁いた。男らしい、低く、掠れた声で。






「…愛してるよ、…新一」






そこからはもう理性を求めることなど叶わなかった。本能は抗いを許さなかった。腰を振り、穿つ合間に激しい口付けを寄越す。意識の朦朧としてきている工藤に追い討ちをかける様な悪戯な唇は咥内から酸素を奪ってゆく。背徳の快楽の導きで闇へと堕ちてゆく精神と肉体の剥離と相反は免れない。逃れることを許さぬ本能の冷徹さを拒み、不安定な足場を築く脆弱な精神は最早醜く、それこそ堕落しているとも言えた。






奥を抉れば工藤は呆気なく果てた。それに引き摺られるようにして黒羽の低い唸る様な声も響いた。暫しの沈黙は重くのし掛かり、熱の篭る部屋に冷気が差し込む。沈黙は恐怖だ。工藤は思った。力を抜き、体の上に倒れ込んだままの黒羽の耳を、工藤は甘く咬む。沈黙が、途切れることを望みながら。






「…何、まだシたい?」






俺、枯れちまうかも。そう言った黒羽に、そん時は俺が面倒見てやるよ、と自分が言いかけたことに気付いた工藤は唇を咬んだ。悔しかったのだ。いつの間にか恐怖を忘れてしまっている己がいることは確かだったのだから。生きることに対する恐怖を忘れている己が。怪訝そうに見る黒羽に気付いていたが敢えて無視した。






「…快斗、」






口を開くが言葉にはならない。自分は今、何を言おうとしたのか。愛の言葉でもその耳に囁きたかったのだろうか。そんな似合わない科白を。俺が?工藤の思考は迷走し螺旋の迷宮を彷徨う。一方の黒羽は再び何かに悩み始めた工藤を眺めていた。死の淵からは一歩遠のいたようだった。それに黒羽は一定の安堵を感じ嘆息する。ピクリと揺れた肩に既に体を起こしていた黒羽が気付いた。ゆっくりと黒羽は口を開く。






「…俺の為に生きろよ。」






それでいいだろ、生きる理由。






もうどこにも、溌剌とした笑顔を見せる少年は居なかった。そこには、一人の男と未だ少年を抜けきれない男がいるだけだった。愛を知る傲慢で孤独な笑みを浮かべた男がいるだけだった。






窓の外はもう、真っ赤に燃える炎の色に染まっている。きっともう数分後には暗い闇が、深い紺色を湛えて飲み込むだろう。熱い夏の夜は恋の季節。恋せよ、乙女。







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