V

□オトナコドモ
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ばたばたと喧しい足音を立てて屋敷を走る人物なんて数える程しかいない。
使用人もメイドも、当然公爵も、走るとしても静かに走る。騎士団はがしゃがしゃと鎧の音を立てるが、ただ響くだけの足音は立てず、どこか気品がある。
だからこの足音は作法や気品を気にしない子爵のものだ。
「ガイっガイっガイーっ!」
中庭も広間も使用人部屋も駆け抜けて来た彼は、ただ一人の青年を求めて裏庭にまで走った。
葉を蓄えた木が覆い茂るそこは心配性な彼の母が常々あまり近づいてはいけませんと言っている場所だ。しかし喚く様に走る彼はそんな事忘れてしまっているし、仮に覚えていても言う事を聞く様な素直な性格ではなかった。
「ガァーイー!」
大きな木に囲まれたそこで大声を上げる彼を見てメイド達はくすくすと笑う。
「ガイも大変ね」
「休憩もないわね」
と言っている彼女らはしかしとても楽しそうだ。
がさり。一番高い木の葉が音を立てた。
「ルーク!…ここですよ、っと!」
「ガイ!」
姿が見えた途端嬉しそうに叫んで手を伸ばすルーク。自分の主人を待たせてはいけないとガイは慌てて木から飛び降りた。
と、とまるで猫の様に軽い着地。
「…普通、俺の腕の中に落ちるもんじゃねーの?」
目の前で立ち上がったガイにルークが不服げに言うと、彼はあははと眉を下げて笑った。
「身長差があるんだ、無理に決まってるだろ?」
それに、と言いながらガイは服についた葉を払う。薄く赤に色付いた柔らかそうなそれらがぱさぱさと落ちた。
「坊ちゃんの見かけ倒し筋肉じゃ絶対無理だろー」
「てっめ…!見かけ倒しじゃねえよ!」
「はははっ!」
声を上げて笑ったガイにルークが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
軽く睨まれたガイは「おっと」と口を押さえる。それでも顔は柔和な笑みを浮かべたままだったが。
「まだまだガキなんだから。な」
言うと、ルークがむくれて何事か呟く。
あまりに小さな声だったのでガイが「何だ?」と聞き返すと、彼を見上げたルークは口元に笑みを敷いていた。
「昨日の夜、そのガキに負けたくせに」
聞き違いだろうか。
ガイはきょとんとして首を傾げた後、漸くその言葉の意図するところを理解して白磁の肌を真っ赤に染め上げた。
「なっ…!」
片腕で口を押さえて絶句した彼に、ルークは得意気に笑う。
「今日の夜も覚悟しとけっ」
にんまりとした笑顔で更に彼を赤面させながら。



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