V

□一緒にいて
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「一度家に帰って話し合って来い」
そう言って半ば無理矢理スパーダをレグヌムの屋敷に戻らせたのは確かにスパーダの為を思っての行動だった。
しかしそのリカルドの気持ちがスパーダに伝わっていないのだという事に気づけなかったのはやはり、彼の罪。


騎士として誰かの為に生きる。
それがスパーダの志で、それに違えるような生き方を彼は良しとしない。しかし、そんな彼が唯一目を背けている事情がある。ベルフォルマ家の、彼の家族とのこと。
親には相手にしてもらえず、六人いる兄からは執拗な嫌がらせを受ける。すべてスパーダの剣の才に対する嫉妬だと分かっていても、未遂とはいえ命を狙われるようなことは我慢ならない。
そうして心安らがない実家に嫌気が差したスパーダは家出をしたのだ。
しかしリカルドは、それに正面から向き合えと言う。家に帰って両親や兄達と話をしてみろ、と。
反発したスパーダに「そんな情けない奴だとはな」と呆れたように言ったリカルドを見て、彼は抵抗を止めた。
心配するルカ達に「大丈夫だ」と強張った笑顔で告げたスパーダは、しかし一週間経った現在も戻らない。
外には雪がちらついている。
彼は大丈夫だろうかと実家にいるスパーダを想いながら、道具屋に向かったリカルドを訝しんだ。
アンジュに問えば「いつかは向き合わないといけないことだから」という返事が返るだけだったが、まだ大人の考えなど理解できない他の三人は納得していない表情を浮かべるばかり。
レグヌムの宿屋から貴族街は見えない。彼が今一人きりかもしれないと思うと、三人はやるせない気持ちになるのだ。



何日経っただろうか。
窓の外を見ようとしてもそこは厳重に板を打ち付けられ、更に鉄線が張られている。それを外そうともがいた名残か、空を覆う板とスパーダの手には乾いた赤がこびり付いていた。
帰った途端に剣を取り上げられた上、薬を吸わされた。致死量でないそれはしかしスパーダから力を奪うには十分で、食事も与えられていない彼にはもう立ち上がる気力すら残っていない。
むわりと部屋に充満するのは血の臭いだ。身体中に暴行を加えられたスパーダの意識は既に曖昧で、記憶もところどころ途切れている。
乾いてかさついた唇と喉が水を求める。しかし唾液すら枯れ果てた口内は水分を失うばかりで潤うことはない。
やはり、無理だったのだ。リカルドに背中を押されて帰って来たものの、スパーダが忌むこの家は何も変わっていなかった。
(のど、かわ、いた…)
兄達は家出をしたスパーダに対して今まで以上の暴力を加える。定期的に与えられる薬で意識がはっきりしている時間などないから痛みは少ないのだが、それでも徐々に身体を動かせなくなっている。
水すらも最低限にしか運ばれて来ない。くたりと冷たい床に頬を押し付けたスパーダの体温はゆっくりと浸透していき、逆に奪われた熱に彼は震えた。
(さむ、い)
手が動かないのは薬の効用か、怪我のせいか、寒さからか、それすら分からない。
(さむい、よ、あにき。りか、るど。くるしい)
どうすればここから脱出出来るかなど、既にスパーダの頭の中にはない。ふわふわとした意識が宙をさまよって、ああもう死ぬんかな、それでも良いか、という結論に行き着く。
リカルドがなぜ自分を家に帰したのか、それすらも自分が邪魔だったのだろうなとしか思えなくなり、そう考えてしまうとやはり先程のようにもう死んでも良いやと遠くなる意識が笑う。
こんな時、自分は無力だ。
人より優れた戦闘能力を持っていても、薬一つで力を封じられる。一人とは小さな存在で、ただただ無力なものなのだと思い知らされて、ぴくりとも動かない指先を見つめた。
(りかるど)
酷い耳鳴りがスパーダを襲った。頭が痛んで吐き気が込み上げてくる。
(なんで。おれが、いらない?)


 
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