V

□せめて涙を拭えれば
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風が鳴き、押さえつけられた窓が抵抗してがたがたと耳障りな音をたてた。
ベッドの傍らで暇を持て余したロイドは暖炉にくべる薪の一つをナイフで削っていたのだが、あまりの煩さに眉をしかめた。
そうっと顔を覗くと白いシーツの上から厚手の毛布をかけているゼロスの表情は険しいものの、外が煩くて目が覚めそうだという類ではなさそうだ。
ほう、と溜息を吐いて膝に敷いた新聞紙を埋め尽くす木屑に目を移す。これ以上溜め込むと溢れさせ、後で掃除が大変になる気がする。しかし立ち上がるのも億劫で、結局ロイドは新聞紙で包むように丸めてそれを暖炉に投げ込んだ。一瞬揺らいだ炎はしかしすぐに常の勢いを取り戻す。
もう一度、小さく溜息を吐く。
ベッドに視線をやると眉間に皺を寄せたまま眠るゼロスの姿。
「なんだよ、おまえ」
シーツに散る紅い髪。
雪原に散った紅が鮮明に蘇って、ロイドは小さく舌打ちをした。
魔物を斬り伏せたゼロスの身体が突然震え始めた時、ロイドは何もできなかった。彼が喉から細い悲鳴を上げ冷たい白の上に崩れ落ちるまで、ただ首を傾げて見つめることしかできなかったのだ。
駆け寄ったリフィルががたがたと震えるゼロスの肩に触れた瞬間、今までに聞いたことのない悲壮な声が響いた。
「なんで、そんなの、俺、今まで」
ゼロスが何に怯え、見開いたその目にリフィル以外の誰を映したのかロイドには分からない。
そのまま意識を失ったゼロスはリーガルに担がれてフラノールの街に着いた頃にはすっかり熱を出していて、今こうしてベッドの上で眠り姫になっている。
時折魘され、譫言を繰り返すゼロスの手を握ってやるのがロイドの役目。
大丈夫だから、安心しろ。何が大丈夫で何に安心すれば良いのかも分からないまま、手を握り頭を撫でてやるとゼロスはまた静かに眠りだす。
「お前の話、もっと聞いてれば」
「…ッうあ…い、や…だ」
「………ゼロス」
「どうして、なんで、おれは、ぼくは」
ナイフを備え付けの棚に収めてぎゅうっと白い手を握ると、いやだと頭を左右に振ったゼロスの頬に透明な雫が流れた。
「いやだ、いらない、きらい、いや、いやだ…い、や…」
「おまえ…」
いらなくなんてない、きらいなんかじゃない、だいじだから、なあ。
言ってやりたい言葉は次々と溢れてくるのにその一つだって彼の心には届かない気がして、ロイドは唇を噛む。
「いやだ……かあ、さま」
掌以外に触れるのが怖くて、それでも抱き締めてやりたくて、戸惑ってしまった時点で自分は駄目なのだと自覚しているロイドの頬にも涙が伝った。
「なあ、ゼロス、すき、だから」
すきだから、くるしまないで。
決壊した涙腺からぼたぼたと音をたてて落ちる自らの涙さえ、ロイドは触れることができなかった。



end.
フラノールデート前の二人。
リクエストから逸れたかもしれませんが見逃してください…!

のまのま様にのみフリーです。
リクエストありがとうございました!
 

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