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□さよならのその前に
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【もう一人の俺】



「ゼロス」
「なぁに?コレットちゃん」

呼ばれた名前に振り返る。
目の前には悲痛な顔をしたもう一人の俺。
聡い彼女は気付いたのかもしれない。
俺の、心が決まった事に。

コレットちゃんはうわ言の様に俺さまの名前を繰り返す。
「ゼロス、ゼロス、ゼロス…」
ぎゅう、と服の裾を掴まれた。
前を歩いていたみんなが何事かと振り返ったから、取り敢えず困った様に笑って「先、行っててくんない?」と言ってみた。
みんな複雑そうな表情をして、最後まで「待ってる」と言い張ったロイドも、しいなに小突かれて仕方なくといった風に歩き始めた。

みんなの背中が小さくなってから、しゃがみ込む。
未だに服を握られていたから、その手をそっと包んで外させて。
代わりに小さくて繊細な手を握ってみた。
とても、暖かい、手。

「どしたの?コレットちゃん」
小さな声で訪ねる。
本当に独り言よりも小さい声だったのだけれど、天使化した彼女には聞こえるだろう。
「どしたの?」
もう一度問うと、コレットは顔を上げた。
目を併せて、泣きそうな表情で。

「ゼロス……」
「なぁに?」

小さく首を傾げると、繋いだ手はそのままに。
コレッ
トの小さな体が俺の上に圧し掛かってきた。
いきなりの事で支えきれなくて、地面にぺたんと座り込んだ。
それでもコレットちゃんは俺の肩に顔を埋めたまま。

「…ねえ、ゼロス」
「…なに?コレットちゃん」

小さな小さな声で。
お互いの耳元で囁く様に。

コレットちゃんが、背中に腕を回してきた。
暖かくて、何だかロイドを思い出してしまった。

(ああ、何で)

抱きしめ返すと、コレットちゃんの腕の力が強まった。

(何で、こいつらはみんな…)

「ゼロス」
「…」
「何で、そんなに辛そうなの?」
「…辛くなんて、ないよ?」

(なんで、なんで)

「嘘。だって、」
「…」
「泣きそうな顔してる…」

(なんでこんなにあたたかいんだよ…)

「…コレットちゃん」
「なぁに?」

目の前が僅かに霞んだ。
ああ、駄目だ。
彼女と居ると、自分が自分のままでいられなくなる。
彼女は、俺だから。
コレットちゃんの感情が全部俺に流れ込んでくる。
きっと、俺の心もコレットちゃんに流れ込んでいるのだろうけど。
何故か、それが酷く心地よくて。

身体を少しだけ離して。
見詰め合う。

「おれは、しあわせだよ」

笑うと、涙が溢れてきそ
うになった。
それを堪えて見詰めたコレットちゃんの瞳も、潤んでいて。
泣き出しそうな顔をしながら、彼女は。
我慢しているかの様に痛々しい顔をしていながらも、彼女は。

「ねえ、ゼロス…」
それでも、声は震えていて。
「…コレットちゃん…」
それで、俺の声も震えちゃってて。

「…私を、一人にしないでよ…」
(…君を一人残す俺を許して…)

二人の瞳から、涙が流れる事はなかったけれど。
抱き締めて、肩を震わせて。

「一緒に、居てよ…」
「……」

ごめんね、コレットちゃん。
心の中で謝った。

「たった二人の、神子だもの……」

もう一人の俺は、俺の心に同調して…。
…。



continue.
挿絵(新倉すず様)
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