V

□sweet boy
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「タイヘンな変態」
「…」
「覗くくらいなら助けろっ」
「ごめ…」
「助けられても微妙だけどな」
ぐちぐちと呟くヒスイの言葉にどっちなんだ、と返したら確実に八つ当たりされると分かっていたから、シングは口を噤んだ。それが一番賢かったのだろう。再び溜息を吐いたヒスイが言葉を発さなくなったことで、二人の耳には市場を埋め尽くす客と売り子の景気の良い声だけが届き、二人の間は複雑な沈黙に包まれた。

実際シングは複雑だった。先程の二人組はきっと喧嘩をしたかった訳ではない。村から出た事のなかったシングに断定は出来ないが、あれはきっと度が過ぎたナンパというやつだろう。
口を開けば罵詈雑言の限りを尽くしてこちらを威嚇してくるが、見た目は整った色白の顔とスラリとした身体つきなのだ。思わず連れて行きたくなるのが分からなくもない。
好きだと伝えてどれくらいになるかは分からないが、ヒスイは未だに男に好意を寄せられるということを分かっていない。つまり、男にそちら側として求められているのだ。少しは気をつけて歩いてほしい。

どれだけ進んでも人を避けながら進む二人に会話はまったくなく、シングは手持ち無沙汰になって紙袋の中身を見つめた。ボトルがいつもより重い気がする。
「…あと、食料買わなきゃ」
ぽつりと呟いたシングはヒスイの方を伺って、ね、と言った。
「一緒に行こうよ」
一人にすると心配だから、という言葉を言ってしまったら騒いだ末に一人で帰ってしまうのが分かっているからシングは黙って手を繋いだ。
人の多い市場で、だ。
「え、お、おい…っ!…おまえ!」
真っ赤になって手を離そうとするヒスイには悪いが、シングは少しだけこのまま優越感に浸ることにした。こうして彼に近づいて蹴り倒されないのは自分だけなのだ。スピリアをリンクさせて信頼関係を築いているシングとヒスイの間に生まれた愛は絶対なのだから。
曇り空からとうとう落ち始めた雨に慌てる人々の中、笑顔で荷物を抱えるシングと視線をさまよわせるヒスイは手を繋いだままゆっくりと歩いた。

びしょ濡れで宿に帰った二人を待っていたタオルを持った妹と紫の機械人。
ヒスイが何も言わずに機械人に髪を拭かれているのを見て、一番注視すべきは彼だったのかもしれないとシングが愕然とした。



end.
リクエストに沿えていません…。
可愛い名前でツンデレラな兄貴はきっと端から見ても連れ去りたくなる。

深陰様のみフリーです。リクエストありがとうございました。
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