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□短編
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新零を病院に連れて行こうとしたら
急所を蹴ろうとしてきたので、片手で釣り上げた


この家に来てから2回ほど
心臓発作で倒れた

1度目は、2日ほど家を空け
久しぶりに帰ったらリビングに不自然に倒れていた

2度目は、家にいる時だった
本の落ちる音がして振り返れば
苦しそうに胸を押さえ床に崩れた

声をかけても返事をできる様子ではなく
目には涙が浮かび息をすることも辛そうだった
気絶する前『たすけて』と誰かを求めた
おそらく僕ではなく、過去にいる誰かにだった


新零を表の病院に連れて行くなど無理だ
色相に問題がなくとも、世界には人として認められていない

知り合いの医者に連絡を取り診断を受けることを勧めたが
嫌だと言って逃げられた
決められた寿命通り生きたいと

死にたいと言っていたはずなのに
新零は生きたいと言った
変な話だ


彼女が死んでも誰も困らない
どこにも彼女が死んだという記録も、おそらく残らない

現に、この少女を探している人間はいない
椿の家に探りを入れてはいるものの、この少女が逃げたという話も
探しているという話もなかった
現に目の前に、少女はいるというのに
システムに弾かれた少女は、世界にはいないのだ



『行かない』

「まるで病院嫌いな犬猫みたいだ」

『ゲージに入れて、無理やり連れて行くつもり?』

「それもいいかもしれないが、もし行くなら、何か買ってあげようか」

『・・・・・・・・・』

ここで、揺れるのが子供らしいと言えば子供らしいが
新零の年齢を忘れそうになる

「他にも買い物とかどうかな。新零は、まだ街中を知らないだろうから
 少しくらいなら案内してあげよう、どうかな」

なぜ自分が、ここまでしなくてはならないのだろう






結局、連れ出した
そこで、わかることがあった
新零は、人を怖がる

それから、病院も医者も検査も嫌う

「君が、ここまでご執心とはな」

「少し興味があってね。かわいいだろう?」

「・・・引っ掻きさえしなければね」

そう言って、相手は肩を落とした

「見た目は、まるで天使だ。だがその実、中身は悪魔・・・気まぐれで、猫のようだ」

「あぁ、その通りだ」

「で、新零の様態は」

「いいとは言えないね。もともと心臓が弱かったのもあるが、今までにかなり負荷がかかったこともあって
 そう長くは持たない。・・・・それこそ、心臓を取り換えれば別だが」

「それは遠慮しておくよ。病状だけでいい」

「あの小さな体で、よく耐えてきたもんだ」

「たまには、褒めてあげないと」

「ふっ・・・随分とかわいがるね」

「僕のお気に入りだ。一緒にいると退屈しなくてすむ」

「まぁ、女にするには歳が離れすぎてるように感じるが?」

「彼女は、そういうのじゃないんだ」

「話を聞いたときは驚いたよ。その手の人間かとね」

「生憎、そういった趣味はない」

「ふふっ・・・そうか。目が覚めたらお姫様の機嫌をとってやれよ、痛み止めだけは出しておくから」



戻って来た新零に特殊デバイスを持たせ、街に出た
不機嫌なんてものじゃなく、一言も話さない
人の多さが怖いのか、人自体が怖いのか
離れるものかと僕の後ろに引っ付いて歩いている

「新零、歩きにくい」

『・・・・・・・』

「・・・その服は、目立つから着替えようか」

『?』




店員に振り回される新零を遠目に見つつ
適当に壁に寄りかかって本を開いた

「かわいい妹さんですね」

「妹?・・・あぁ、そうだね。もう少し人に懐いてくれると嬉しいんだが」

「最初こそ、嫌がっていましたけど今はされるがままですよ。美男美女の兄妹なんて羨ましい」

声をかけてきた店員を適当にあしらって
静かになった新零の方へと足を向けた

「似合ってるよ」

『・・・・・・』

余計不機嫌になったようだ
殺気立っている

「妹さん、何を着せても似合うのですが、どうしますか?」

「新零はどれがいい?」

『・・・・・・』

「・・・今、着ているのをそのままでお願いするよ」


元々着ていた服を紙袋に入れてもらい
上から下までコーディネートされた新零を連れて歩いた

『・・・・・』

「家にいる時は気にしないというのに、外にいる時は気になるのか」

『・・・・なんか、すーすーする』

「・・・・君は、好奇心を持て余した男子みたいなことを言うね」

ただでさえ、身長が50センチ近く離れているせいで
歩幅が違いすぎるというのに
スカートの丈を気にしてか、一段と歩くのが遅くなった

無理やり手を引いて通りを歩き
適当な喫茶店を見つけてケーキを選ばせるが
これが、なかなか決まらない

「もう、君とは外に出たくないな」

『・・・・・・・・・連れ出したのは、貴方だわ』

「・・・・・」

ケーキを眺めうろうろとする新零

「かわいい娘さんですね」

「娘?・・・そう見えるかい?」

「すみません・・・あまりに優しそうに見ているので、つい・・・妹さんですか?」

「・・・そうだね、妹かな」

娘はいただけないが
妹ならいいかもしれないなと、悩んでいる少女の頭に手を置いた

「頼みたいだけ頼めばいい、残りは持って帰れる」

『いいの』

「かわいい妹のためだ」

妹という言葉には反応せず
何個頼んでもいいという言葉に、目を輝かせた
現金な娘だ

シビュラに捨てられた代わりに
今の彼女は自由だ
診断中に計測された色相も全くと言っていいほど変動はない
・・・同じだ
シビュラの目にすらとまらない

故に、自由。故に・・・

自身で人を疑い
物事を判断する
自分の欲にまっすぐで
実に人間らしい・・・いや、動物に近い

・・・ただもう少し、この世界に溶け込んでもいいのではないかと思うくらい
現代に馴染めないところが扱いづらいところだろうか



「甘いものは良く食べるな」

『味がするもの』

「普段の食事は、味がしないかい?」

『・・・するわ、図書館で口に入れた物よりずっとね。』

「栄養が足りないから背が伸びない、それでもいいと」

『別に気にしないわ。苦にならないもの』

「相変わらずマイペースだな」

まったくもって、僕の歩くペースに合わせようとしなかった数刻前を思い出した
2つ目のケーキに手を付けた彼女をちらりと見て
読みかけの本を開いた

『シュークリーム。また、食べたい・・・同じの』

正しい発音に、いいよと肯定し
3つ目のケーキを食べ終えるのを眺めた



あの時、彼女は僕を待っていたのか
それとも、注文の品を待っていたのか

ただ最後に手にしていた本は、読みたくないと別にしてあった本だった

少しだけ、前者ならいいのにと考え、増えてきた荷物を手に席を立った



それから、数少ない古い書店により本を見繕った
読んだことのない本ばかりだと居座りそうな新零の手を引いて帰路についた

機嫌も直ったようで
少し満足そうにリビングへと走って行った





“もって10年。酷い発作が続くようなら、もっと短くなる”

君が先か
僕が先か




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