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□短編
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わざと机の上に置いておいた
おそらく彼女は、わざと置かれていると気づくだろう

“椿 菖蒲”
並びに、少女が知っているだろう、男女の写真と共に
調査報告書をそのまま置いてきた
住所も、現在の状況も事細かく書かれている


さて、何を思うのか






ソファにもたれかかり
どう考えてもわざと置かれていた写真や書類に目を通した
あの人は、私にこれを見せて殺しに行けとでも言うのだろうか

私に“菖蒲”なんて名前は似合わない
なんて、どうでもいいことばかり頭に浮かんだ

向こうに非はない
あるとするのなら、シビュラシステムそのもの
私を拒み
世界から除外するきっかけを作った

母と娘の写真を見ても
どうにも2人は似ていない
この娘は、疑わないのだろうか
この女は、疑わないのだろうか







『聖護は、この子と私、どっちがかわいいと思う?』

「そうだな、健康美からすればこの娘だが、美術的にみるのなら君かな」

『・・・・・・』

「君は、かわいいよりも、美しいという言葉が似合う」

『あっそう』

「お気に召さなかったかな?」

『いいえ、最初に会ったときも、人形やら美しいやら言っていたなと思い出していただけよ』

「懐かしいな。もう1年近く前のことだ」

『・・・・まだ、殺さないのね』

「まだ、信頼されてなかったか」

『裏で怪しいことをしているんでしょう?』

「どうしてそう思う?」

『女の勘』

「違うな、新零のそれは、動物的勘だ」

『・・・失礼ね』

「でも、間違っていない。それを知っていても、まだここにいることを選択するのか」

『居心地が悪くないもの、出ていく必要はないわ』

「僕は、君を捨てるつもりはない」

『なら、安心ね。追い出される心配はしなくていい』

「いずれ見せてあげるさ」

『別に見たくない』

「そういうわけにも行かない、少しは手伝ってもらうよ。居候としてね」

『引き留めたのは、貴方だわ』

「引き留まっているのは君だ」

『・・・・・・・』

「君は、ここに居ていい。僕の目には、ちゃんと君が映る」

額を合わせて、視線を合わせる

『そうね、貴方もちゃんと私の目に映るわ』

「それは、良かった」

『・・・・!』

「ふっ・・・・・・・たまには、素直に泣きなよ」

少女を抱きこみ、その絹のような髪に手を通した
微かに震えてはいるが、泣くことはしなかった

『私が、この人たちを殺すから力を貸してくれと言うとでも思った?』

「言わないのかな」

『言わないわ』

「君は、彼らに必要とされるのなら、戻ってもいいと思うのか」

『・・・そこが暖かいのならね。でも、きっと違う。
 そんなことわかってるのにね・・・もしかしたら、なんて甘い考えが残ってる。
 ありえないのに、それでも信じようって思う自分が馬鹿みたい。
 貴方の方が、助けてくれそうなのにね・・・
感謝してるのよ、名前をくれたこと・・・私が、ここにいるんだと肯定してくれた』

「ここは、君にとって暖かいのか」

『・・・少なくとも、貴方は私を見てくれるから。あの場所よりは暖かいと思うわ』

「・・・君は、暖かいね」

『子供ですからね』

「子供というより、猫だと思うけどな」

『私は、ペットだとでも言いたいの?』

「違ったかな」

『失礼ね』

そう言ってクスクスと笑う彼女は、少女というよりも少しだけ大人びていた






「君が知っている、椿の家のことを教えてほしい」

『それは、私ともう1人のこと?』

「あぁ」

『聞いてどうするの?』

「・・・・」

『なんとなくわからなくもないけど・・・椿 菖蒲になった子が、何者かって話でしょう?
 彼女の両親は事故で死んだそうよ、菖蒲として生きているあの子に元の名前があったかどうか、
あの子が、生まれる前に死んだことにされているのか、後にされたのかは、わからないわ』

「ほう・・・と、すると。彼女は自分の実の両親が死んでいることを知らない
 今の両親が自分の両親でないことも知らないと」

『どうかしらね、聞いているかもしれないし、聞いていないかもしれない』

「・・・・」

『どうするつもり、“菖蒲”にこれでも持たせるの?』

「君は、知らないふりをしているだけで、本当は色々と気づいている」

『そして、本来の目的は、“菖蒲”でなく、父親の研究内容』

「さすがだな」

『私を何に使おうとしているのか、それは気になるところね』

「だが、その君を探そうとしないのはなぜだ。どこかで生きているのを知っているかのようじゃないか」

『私のどこかに探知機でもついていると?それは、ないわ。検査の時にばれるわよ。
 だとするなら、私を探さなくてもいい理由は、私の代わりが他にいるから
 何かが同じ条件の個体が他にあるのよ。
いずれ手に入ればいい、もしくは、手に入らなくても問題ない』

「僕は、君を下に見すぎていたのかもしれない。
シビュラに縛られない君の考えは、僕に似ている。君の述べたそれは、僕も予想した」

『私のこと試してたのね』

「ばれていたか」

『机の上に、あんなものをわざとらしく置いてある時点で、色々考えたわ。
 ペットを甘く見ていると噛み殺されるわよ』

「それは、危ないな・・・」

『危ないのは、こんなカミソリを持ち歩いている、貴方だわ』

「今ここで、僕が君の機嫌を損ねさせたら、その刃先は僕を殺すのかな」

『そうね、でも言ったでしょう、今の生活は嫌いじゃないの。・・・それに、貴方に勝てるなんて思わない』

「賢明な判断だ」

『貴方の不安が何かは知らないけれど、安心して、少なくとも貴方の腕の中は暖かいってことはわかったから
 殺す必要も出ていく必要もない。貴方がどこで、何をしていようとも
 貴方からもらった名前に期限が来るまでは、一応味方でいてあげる』

「味方か・・・・・・本当に君は変わっているよ。」

『貴方に言われたくないわ・・・・・ついでだから、色々聞きたいけど。いいかしら』

「このままでかな」

『私は構わないわ』

「少しは危機感を持ちなよ」

『?』

「男と2人1つ屋根の下で、抱き合うなんて何が起きるかわからない」

『貴方と間違いなんて起きないわ』

「・・・・それは、意味を分かっていて使ったのか。似た状況を本で読んだのか、どっちだ」

『・・・・後者ね』

「新零のそういうところ、嫌いじゃないよ。」

『で、どういう意味なの?』

「それを僕に聞くのかい?」

『他に誰に聞くのよ』

「・・・・はぁ。自分で考えなよ」

『・・・・・・・・・』

「それで、君は何を知りたい」

『どうして、貴方の色相は濁らないの?人のことは言えないけど』

「・・・・直球だな」

『私は、貴方のことを何も知らないもの。聖護は私のことを調べているみたいだけど?』

「子供のころから、そうだった。一度も色相が濁ったことはない、
 昔からだ・・・君もそうだろう?生まれは濁っていたとしても、今は僕と変わらない」

『世の中の人間は、そんなに色相とか犯罪係数を気にするものなの?』

「そうだね。そうすることにすら疑問にも思わない・・・係数が規定値を越えれば潜在犯として隔離され、
それに従わなければ、公安局の人間に捕まる。だから、システム下の人間は色相を濁らないように
 セラピーを受けたり、薬を飲んだりすることで、一定の数値を保つ努力をしなければならない」

『面倒ね』

「新零らしい返事だ」

『私は、現代の本をあまり読んでいないから考え方が違うのかしらね。
だから、外を見てつまらないと思った。』

「現代のものを読みたいのなら、電子デバイスの使い方を今度こそ覚えてくれないか」

『・・・苦手よ』

「もう少し、現代人になってくれないかな。このままじゃぁ、連絡が取れない」

『私と?家にいるじゃない』

「・・・・安否確認のためにね」

『聖護って、思っていたより過保護ね。病院に行かせたり、連絡取りたいって言ったり』

「・・・・・・」

『面倒くさい彼氏みたい』

「君は、読む本を選んだ方がいい」

『・・っちょっと』

「今、何時か知らないのかい?もう夜中の2時。夜更かしは成長に影響する」

『余計なお世話』

新零を抱きこんだまま、ソファに転がった
夜中遅くに帰ってきたと言うのに、不規則な生活を送る彼女はまだ起きていた。
むしろ、起きてきたばかりなのかもしれない
腕を抜けて本を取りに行こうとするが
力で勝てるはずもなく、一緒に転がったままだ

たまには、悪くない

『・・・ちょっと、このまま寝るつもり?』

「うるさい・・・」

『・・・・・私を抱き枕に・・・って』

「・・・・・・・・・」

『・・・・・・・・・?』

「・・・・・・・・・」

・・・え
もう、寝てる??
胸元に押し付けられて動くことさえできない
このままですか
寝ているのにびくともしない
すぐ起きるだろうから、大人しく我慢することにした





槙島聖護という人間は
とても変だ
もし、彼と違う状況で出会ったのなら
自分から近づきたいと思う相手ではない

それでも、なんとなく
動物的直感なのかもしれないけれど
ここにいてもいいなと思う
彼が犯罪者であっても

私の手をとってくれた

1人じゃないと思わせてくれた
私を見てくれた



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