戦国

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朔は、ただ何かにおびえていた。
それがなんなのかは、朔が言わない限り幸村にはわからない。

警戒する必要がないと思ったのは、今の朔が、幼子と同じだからだ。
右も左もわからない、今にも泣きそうな、迷子と同じなのだ。
そんな者を相手に警戒してどうするのだ、と言いたいが、忍には忍の事情があるのだ。

自分のことを忍たちが思ってくれていることは感謝している。

けれども、朔のことは、どうにか信じてあげてほしいと思うのだ。


「某を、頼ってくだされ。」



神谷の者だと認められてから、この上田城にいる間、悲しそうな顔をしているのはみたことがなかった。

突然、自分の生まれ故郷から引き離されて、全く見知らぬ土地に頼る者もなく放り出されたというのに、愚痴ることも、悲観的になることもなかった。

なんというお方だ、と感嘆したのも事実。
同い年の女子とは思えない落ち着きぶりに、自分の落ち着きのなさを恥じたのも事実。



ただ、彼女は時折、夕刻になると決まってさびしそうに沈んでいく太陽を見ていた。
夜中に寝所から抜け出して、空を見ていることもあった。
悩み事があるようにも、何かを待っているかのようにも見えたから、余計に忍たちが警戒したのかもしれない。

そんな姿を見ながらも、臆病な自分は、声をかけることも、姿を見せることすらもできなかった。

意気地ないやつだといわれても仕方がない。

今まで女性を苦手と避けてきたものだから、いざ、どうにかしてあげたいと思う女性が現れても、どうしていいのかわからなくなってしまうのだ。



「幸村様。」
「わかった。」


外から部下が読んできたので、そっと朔のほほをひとなですると立ち上がった。


「朔殿をたのんだぞ。」
「はい。」


部屋から出しておいた女中に一言言うと、己の執務をする部屋へと歩いていく。



次に目を覚ました時、朔がいつもどおりであることを祈りながら。


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