君のいる夏

□あなたの唇
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 唐突な感覚だった。

(あれ・・?)

 トクンッと心臓が鳴る。思わず持っていたグラスを落としそうになって慌てて握り直す。
 予定のない夏休みの一日。部屋を掃除して一休みしようと扇風機の前で麦茶を飲んでいた時だった。膝の上に載せていた雑誌が落ちる。だが、そんなことまで気が回らない。

 トクンットクンットクンッ

 一体何故だろう。突然心臓が落ち着かない鼓動を刻む。

(泰虎・・・?)

 理由は分からない。けれど頭に浮かんだのは遠く離れた恋人の顔。先日感じた不安の付きまとう感覚とは違う。胸が高鳴る、高揚感。

(泰虎がいる。)

 それは確信だった。グラスをテーブルの上に戻して立ち上がる。衝動的に自宅のドアノブに手を掛ける。そしてそれを引いた瞬間、視界に入ったのは驚きの表情をしたチャドの姿だった。

「泰虎!!」
「瑞希・・・」

 どうやらここまで走ってきたらしいチャドの呼吸は乱れ、その額には汗が浮かんでいる。会いたくて会いたくて仕方のなかった瑞希はその胸に飛び込んだ。

「俺が来たって良く分かったな。」
「なんとなく、泰虎が近くにいる気がしたの。」
「そうか‥」

 瑞希は気付いていないが、僅かに霊を見ることのできる彼女は現世に戻ってきたチャドの霊圧を敏感に感じ取っていたのだ。
 チャドは部屋の中に入ると、ドアが閉まる音と同時に彼女の細い体を抱きしめた。瑞希はその胸に額をつけ、ずっと言いたかった言葉を口にした。

「お帰りなさい。」
「ただいま。」
 
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