空色りぼんA

□差し込む光
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その後、調査兵団は今まで類を見ないほど忙しなく動き続けた。

まずはトロスト区内に残った巨人の掃討。殆どは壁に群がっていて壁上固定砲によって撃退されたが、それ以外の巨人は調査兵団によって処理され、その間リヴァイと私によって本来壁外調査時に行われる捕獲にも成功した。

こうしてトロスト区の巨人は排除された。住民は体制が整い次第戻されることになったのだが、いつ戻されるかは私たちにとってどうでもいいとも言える。


それより大きな問題があったからだ。

それは、エレンの存在。
リコから聞いた話によると、エレンは巨人化してあの大岩を運び扉を塞いだという。どの目撃者の報告書を読んでも大体同じような内容だった。

俄かに信じ難い話だが、これだけの目撃者がいるということは事実なのだろう。信じられないことが起こるのは、どうやら壁外だけではなかったようだ。

エレンは憲兵団によって審議所の地下牢に入れられ、未だ昏睡状態らしい。

”らしい”というのは、調査兵団がエレンへの面会を許可されないため聞いた話、と言う事なのだが。


「どうする、エルヴィン」

「強引にでも押し切るしかないだろう」


翌日、調査兵団内で緊急の会議が執り行われた。

そこでの主な内容はやはりエレンの事。彼の首に下げられた地下室の鍵…、それによって開けられるシガンシナ区の地下室には巨人の謎が眠っている。

その為にはマリアの奪還が必須となる。トロスト区の扉が開閉できなくなってしまった今、長年かけて模索されていたマリア奪還ルートは使えなくなってしまった。

その上、扉を塞ぐ技術はないのでエレンの巨人の力がなくては成功はありえない。

この作戦を実現するにはエレンを調査兵団が所有する必要があるとエルヴィンは言った。

ーー人が巨人になる。
それだけでパニック状態になるような話だが混乱している場合ではない。先に憲兵団からエレンを取り返さなくては、何も始まりはしないのだ。

しかし、憲兵団に面会を申請しても悉く却下されるという状況が続いている。壁外調査から帰ってきてすぐと、会議を終え一日経った今再び申請に来たがやはり却下された。

全く何枚書類を作らせる気だ、一回分作るのにも苦労するというのに余計な手間をかけさせやがってこのボンクラ憲兵団め。


『壁が壊された時は駐屯兵団に任せっきりで何もしなかったくせに、囲うのだけは積極的だね』

「私もそれが気になっていた。いつ暴走するか分からない危険なエレンを、どうして自分たちが受け持つと言ったのか。」


エレンを回収してからの動きは異様なほど早かった。安全を確認して出てきたと思ったら、それこそまるで人攫いのように地下牢へ連れ込んで行ったのだ。


「何にしろ、このチャンスを逃す訳にはいかない。彼は人類の希望になる可能性がある」


マリア奪還ルートが白紙に戻ってしまった今、本来であれば絶望的な状況。

しかし、エルヴィンは真っ直ぐ前を見据えている。突然降って湧いたエレンという希望を、これからどうやって扱うかによって希望となるか、絶望のままなのかが決まる。

これは調査兵団にとっても大きな分かれ道となるだろう。


エルヴィンはそのまま本部へと赴き、私とリヴァイは調査兵団の兵舎へと戻ることになった。

思えばあの壁外調査の夜から、改めて二人で話すのは初めてだ。様々な事が一度に起きてしまい、ゆっくり話す時間もなかった。


『…エレンにはいつ会えるのかな』

「奴らはもう2日粘ってるんだ、これ以上誤魔化し続けることは流石にできない。明日には許可が下りるだろう」


憲兵団ももうこれ以上は誤魔化しきれないはず。それに、エルヴィンが”強引にでも”と言ったということは、それは明日になるかもしれない。

エルヴィンはそれをやってのける人だ。


『帰ってきたらみんなの卒業を見られると思ったのにな…』

「あいつらの卒業は変わらないだろう?」

『エレンはきっと、”卒業”っていう扱いにはならないと思う』


きっと、調査兵団に来ることになってもそれは卒業ではなく”監視下におく”という名目になる。

未だに信じられない。
あの真っ直ぐで馬鹿正直で…、”死に急ぎ野郎”なんてあだ名までついていたエレンが巨人になれるだなんて…。

そもそも人間が巨人になれるだなんて、それだけでもう壁の中は混乱状態が続いている。この状況は好ましくない、上も黙ってはいないはずだ。近々必ず何かをしかけてくる。


『ミカサもアルミンも大丈夫かな』

「出発する時にいたあのガキどもが?」

『そう、あの三人は幼馴染だから』


建物の中から渡り廊下へ出ると、
鬱陶しいほど太陽の光が降り注いでいた。

思わず瞳を瞑って、
窓の外に向かって視線を向ける。

そこには何も変わらない市街地があった。もう一枚壁を越えれば崩壊しかけていた街があるというのに、壁一枚だけでこんなにも違うものなのか。

まぁ、ローゼの向こう側も一歩出れば巨人の巣窟なのだからあまり変わらないか…。

私たちの平穏は本当にこの壁によって作られている。壁の中が安全というのは、もう通用しなくなるかもしれない。

地獄のような壁外を生き抜いて、必死に壁内に戻ってきたと思ったら巨人が溢れている…。そんな未来は遠からずあるということだ。

そう思うとゾッとした。

帰る場所を失ったら、私たちはどこにいけばいいのだろう。やはり巨人に食べられるのだろうか。


「ユキ、お前はもう休め。昨日から一度も休んでいないだろう」

『…それはリヴァイも同じでしょ』


昨日の掃討作戦から、後処理やら面会の申請やら駆け回っていた私達は一度も休んでいなかった。

きっとそれを心配してくれている。だけど、今この状況でさすがに休んではいられない。


「面会の申請が降りたらまた動かなきゃならねぇんだ、それまで休んでおけ」

『大丈夫だよ、みんなが動いているのに呑気に寝ていられないでしょ?』


そう言うと、リヴァイは呆れたようにため息をついて強引に私の体を抱き寄せた。


『…!』

「お前がまた倒れでもしたら、俺が困る」


”心配かけさせるな”

そう言われて、”分かった”以外の言葉が言えるわけがない。私は渋々小さく頷いてリヴァイの背中に遠慮がちに腕を回した。


『…分かった。だから、リヴァイもちゃんと休んで』

「あぁ」


ゆっくりと体を離すと、
くしゃくしゃと頭を撫でられる。

へらっと笑うとそのまま唇を合わされた。


不意に落とされた口づけに、心臓を直接掴まれたように胸が苦しくなる。

嫌な苦しさではないこの感覚は、リヴァイの側にいる時に、いつも感じるもの。

ゆっくりと離されると、もう一度ポンっと頭を撫でてリヴァイは自室へ戻っていった。



**
***



自室でシャワーを浴び、久し振りにベッドで横になる。

仰向けになれば見慣れた無機質な天井が広がっていた。リヴァイのせいで掃除癖がついてしまい、すっかり綺麗になった私の部屋の天井もやはり綺麗に掃除されている。

壁外調査前に掃除したから多少は汚れているが、普通の人から見たら綺麗に違いない。そもそも一般人は寝転がった時に天井の汚れまで気にしないと思う。

実際に私も自分が天井を掃除するようになるなんて思わなかったし、初めて執務室の天井を掃除しろと言われた時は、”…は?”と言い返したものだ。


そんな天井に太陽の光が差し込んでいるのを見て、先程考えたことがふと頭の中を過る。

平和だと思っていた壁の中は、エレンの出現によって平和だと言い切れなくなった。

エレンのように巨人になれる人間が、もしかしたら今現在も壁の中で普通に生活しているかもしれない。その気になれば人間なんか滅ぼせるだろうに、何故かそれをせず今回もローゼだけに留まりシーナまで行くことはなかった。

そいつは何を狙っているのか。
そもそも一人だとも限らない。

鎧の巨人と超大型巨人は知性があったというから、きっとエレンと同じ類の人間と考えるのが妥当だ。

だとしたら二人、
…それ以上いるかもしれない。

もしかしたら一緒に食事を囲ったり、トランプをしている人の中にいる可能性もある。

それはエルヴィンやハンジ、ミケにペトラ…リヴァイも例外ではない。


『…』


いや、リヴァイはないな。
だって巨人化したところでいいとこ3mくらいしかなさそうだもん。

…これ言ったらリヴァイに頭叩かれるくらいじゃ済まないんだろうなぁ、と一人で小さく笑ってしまった。


『…怖いなぁ』


静かな部屋に、なんとも弱々しい声が響いた。疲れていることを差し引いても情けない声。

私達が戦うのは服も着られない程度の知性の、ただ人間を食べるだけが生き甲斐な巨人だけではなくなってしまった。

それだけでもこれだけ仲間が死んで四苦八苦しているというのに、これ以上どんな相手がでてくるというのだろうか。


…誰を信用すればいいんだろう。
これから、どうすればいいんだろう。


ゆっくりと瞳を閉じた私は疲れていたのか、そのまま眠りへと落ちていった。

しかし、やはり頭が休んではいけないと思っているようで3時間ほどで目が覚めてしまう。

普段ならあり得ないほど、寝起きなのに目がパッチリと開いている。少しは休息もできたしと、血で汚れてしまった代わりに新しく支給された団服に袖を通して部屋を出る。

リヴァイの部屋の前を通ったが物音一つしなかったので、まだ寝ているんだろうと思った。

人類最強だって人間。
壁外の拠点で呑気に居眠りした私と違って、リヴァイはずっと動き続けていたから当然だ。

そう考えるとエルヴィンは化け物だ。うん、そうに違いない。

エルヴィンが寝ている姿はリヴァイ以上に想像できない。


私は団服のボタンを留めながら、今頃捕獲した巨人と戯れているであろうハンジの元に向かい、…後悔することとなった。



「ああああああああーーッ!!」



扉を開けた瞬間言葉を失った。

完全に拘束された巨人相手にハンジが槍を突き刺している。前回行われた痛覚実験の反復だろうが、なぜあのバカは叫び続けている?

私も周りもドン引きだ。
モブリットが必死に止めているその光景は異様としか言いようがない。


『…何これ、どういうこと』

「ユキ副兵長…!」


観客席に行くと兵士が困惑した表情を向けてきた。


『…初めて実験してるところにきたけど、前回もあんなだったの?』

「そうなんですよ、分隊長はいつもあんな調子で…」

「分隊長!あなたが叫ぶ必要は…」

「これが叫ばずにいられるか!ビーンがこんなに痛がってるんだぞ!」


”あああああああーーッッ!”

あまりにもヒステリックな叫び声に耳を塞ぐ。これじゃぁどっちが痛めつけられているんだか分からない。


『これじゃぁエレンを取り戻すことに関しての方は無理か…。』


ああ見えて頭のキレるハンジの意見も聞いておこうと思ったが、あれでは無理だ。…というか近づきたくない。

関わってもいい事なんて絶対に起こらない。


「ユキ副兵長、分隊長をなんとかして下さい!あのままじゃ本当にあの人死んじゃいます!」

『それはモブリット、あなたの仕事でしょ。勝手に巨人の口に頭突っ込んで死んでも誰もあなたのせいにしないから安心して』

「そんな…」


私はひらひらと後手に手を振って背中を向ける。結局、今はまだ何も動けることはない。

エレンへの面会の手続きの書類はさっき持って行ったばかりだし、あとできることと言えばエレンを調査兵団に迎えた後の対策だ。


それにしても、兵団内の人が少ないような気がする。

…まぁ、気のせいか。


ユキはそのまま自室へ戻った。




 

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