番外編
□番外編(第1章中)
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エルド・ジン。
俺は今ユキ副兵士長と共に内地へ来ている。
『ふわぁぁ…、眠い』
それも早3日を過ぎ、約半分までやってきた。小さな手で口元を覆い、眠そうに瞳を潤ませる姿には素直に鼓動が波打つ。
どうしてそうなったのか経緯は分からないが、突然エルヴィン団長にユキのお供を任され今に至る。
「ユキ副兵士長」と階級は断然俺より上だが、だからと言って上司と部下という感じでもない。
普段から夜の自由時間に酒を囲みながらチェスやトランプをしている仲間なので、仲がいいといえばいい。任務以外の時は本人の希望で「ユキ」と呼んでいるし、他の兵士も殆どがそうだ。
だから、ユキにとって俺が特別というわけでもなく…。ただ、彼女はみんなと仲がいいというだけなのだ。
リヴァイ兵長の寡黙な性格はその気高さを主張しているようで憧れでもあるが、二人きりでお供をするのは断然彼女の方がやり易いだろう。
…まぁ、リヴァイ兵長がユキ以外に自分のお供をさせることはないだろうが。
『もう今日の予定は終わり?』
「そうだな」
『よかったぁ、じゃぁもう寝よ』
「随分早いな?」
『気を使ってたら疲れた』
こういう飾らずに思ったことを率直に言うところは、他兵士からも評判がいい。取っ付きやすく親しみやすいからだ。
普段は凛としていても、
よく見るとただの1人の少女。
だが、ハンジ分隊長曰く「ユキはああ見えて警戒心が強くて、常にバリアを張っている」、らしいが自分には分からない。
…自分が鈍感なだけなのか、よほどユキが上手く隠しているのかは分からないが。
そんなユキとリヴァイ兵長がお互い思い合っているというのは、既に兵団内では周知の事実。
だから、どれだけこの小さな少女にときめこうが胸を打たれようが…手を出したら殺される。
現に出発する時も、これでもかというほど睨まれた。
待ってくださいよ兵長、俺が自ら望んだわけではなくてこれは団長に命令されて…いやいや、嫌なわけじゃなくてむしろ嬉しいですけどでも疚しい気持ちはありませんから!
…なんて、言えるはずもなく。
あれは絶対兵長に嫌われただろう。もしくは敵対心を抱かれてしまっただろう。
ああ、帰るのが憂鬱だ。
「…あ、そう言えばそろそろ団長に報告書を送らなくちゃいけないんじゃなかったか?」
『…そうだった、報告書書いてから寝なきゃ…』
「なんなら俺が書いておくか?」
『ううん、私の仕事だから私が書くよ』
「そうか」
用意された部屋の前で「じゃぁね」とそれぞれの部屋に入る。
隣同士の部屋だなんて、兵長にばれたら何をされるか…。
取り敢えず俺は一息つくため、シャワーを浴びることにした。
**
***
「…ん?」
それから暫くして。
改めて今日の資料を見返していると、ユキの分の資料まで一緒に持っていたことに気がついた。
そういえば一緒に持っていて、そのまま渡すの忘れたんだ…。
時計を見るとまだあまり時間は経っていない。ユキも報告書を書いてからと言っていたからまだ寝ていないだろう。
資料を持って立ち上がり、隣の部屋の扉を叩く。
ーーコンコン。
「…?」
しかし、返事がない。
寝てるのか?…いやでもまさか。さっきからまだ30分も経ってないぞ?
もう一度自分の手元にある書類に視線を落とす。これがないと報告書もかけないだろうしなぁ…。
ダメ元でドアノブを捻ると、ガチャリと何の抵抗もなく開く扉。なんて不用心なんだと思いながらもゆっくりと扉を開く。
あれ、よく考えてみればこれってすごい悪いことしてるんじゃ…。
と思いやっぱり戻ろうとしたとき、正面に備え付けられている机に向かって座っている小さな背中が見えた。
やっぱり報告書を書いていたんだ、と歩み寄って思わず目を見開く。
『…』
ユキは眠っていた。
机に突っ伏して、幸せそうな表情を浮かべながら。
まるで無防備な寝顔に思わず視線をそらす。なんだこの寝顔!犯罪だろ!
…と、思いながらも不埒な自分は再びその寝顔に視線を落としてしまう。
すやすやと眠るユキはいつもの凛とした表情は面影もなく、幼い子供のようだった。
まずい、これだと本格的にリヴァイ兵長に殺される…。
でもリヴァイ兵長はきっと、こんなユキの表情をいつも見ているんだろうなと羨ましく思う。
「…!」
そこで、ふと書きかけの報告書に視線を向け、思わず笑ってしまった。
その内容は「リヴァイの仕事が溜まってないか」とか、「ちゃんと食事をとってるか」などまるで報告書の意を成していない。
よっぽど兵長を心配しているんだろうなという内容で、それが妙に微笑ましかった。
『…ん、…エルド?』
「!悪い、…起こしたか?」
『…ううん』
むくりと起き上がったユキはまるで猫のように手の甲で瞳をこする。
その仕草にキュンときてしまったことは、自分の胸の内だけにしまっておこう。
『…あ、報告書書きかけだった』
「それ報告書になってないぞ」
『え?』
「それじゃぁただの手紙になっちまう」
ユキは自分が書いた報告書を読んでケラケラと笑った。
『本当だ、なんの報告にもなってないや』
「よっぽど兵長の事が心配なんだな」
『普段側にいるから、なんかね…まぁリヴァイなら私がいなくてもそつなく熟しちゃってると思うけど』
いや、向こうは向こうで大変だと思う。…仕事もそうだが、それより周りの奴らが。
本当にこっちで良かったと思う反面、帰った後がめちゃくちゃ怖い。
俺は何もしてませんよ全力で。
いちいちキュンときたり寝顔まで見ちゃったりしちゃいましたけど、手は上げてませんよ断固として。
『これ書き直さなきゃなぁ』
「いいんじゃないか?それはそれで送って、報告書も送れば」
『やだよ恥ずかしい。私ばっかり気にかけてるみたいになっちゃうじゃん』
「そんなことないと思うが…」
『そんなことある』
リヴァイ兵長が普段どれだけあんたを気遣ってるか…。
気づいてないんだなぁこの人は。
新たな報告書を書き始めたユキを見ていたエルドだったが、最終的に報告書を手伝わされる羽目になったのだった。
(…)
(…)
(……)
(……めっちゃ睨まれてる!!)
その後、エルドは一週間近くリヴァイに睨み続けられるのだった。