番外編

□番外編(第1章中)
14ページ/63ページ




「「…」」

「…そういうわけだから、多分記憶がなくなっちゃってるんだと思う」


ハンジはリヴァイに締め上げられ、顔を青ざめさせながら一通り説明をした。

因みにユキはと言うと暴れ出さないように手首を縄で拘束され、ソファに座らされている。


「…ユキの記憶がなくなったのは、てめぇの下らない探究心で作った薬のせいだというのか?」

「前に一度作ってみたものがあったんだ、…まさか試すわけにもいかなくてそのまま放置してたんだけど…」


ハンジの説明はこうだ。
以前、書類に追われていた時に現実逃避の一環として記憶を消す薬を作った。

だが、それを誰かに試すわけにもいかず、またそれが成功したとも思えずそのままビンにしまってとっておいた…と言う名の放置をしていた。

それをユキが飴玉と勘違いして食べてしまい、今の状況となる。


「…本当にそんなことがあり得るのか?」

「だが、そう考えれば今この状況の説明がつく」


正直頭が痛くなるような話だ。
エルヴィンでさえも予測しきれていない事態に、ぽかんとしている。

確かにこいつはバカな性格を除けば、優秀な頭脳を持っていることは間違いない。

現に今、ユキには元の面影はなく自分たちのことを知らないと言い睨まれている。


「本当に私達のことが分からないのか?」


エルヴィンがユキに問いかける。


『…』


しかし、ユキはエルヴィンを睨みつけるだけで何も答えない。


「痛い痛い痛い!」

「オイ、なんとかしろクソメガネ」

「分かってるけど、すぐには無理だよ!」

「なんだと?」


リヴァイはハンジを更に締め上げた。


「元に戻す薬は無いのか」

「それが無いんだ…、まさか本当に消えるとも思っていなかったから」


”今から作るしかない”
というハンジにリヴァイは盛大に舌打ちをする。


「とにかく、私たちもなんとかしてみよう。何かがきっかけで記憶が戻るかもしれない」


そう言うと、エルヴィンは自分を睨みつけるユキに再び向き合い、これまでの経緯を説明し始めた。

何の感情も灯していなかった冷たい瞳は、次第に怒りの色を含んでいく。


『…私が調査兵団の兵士?ふざけないで、つくならもっとマシな嘘をつきなよ』

「嘘ではない、私は本当のことを言っている。君は記憶を失っているだけだ」

『そこの人が作った薬で?…はっ、馬鹿馬鹿しい』


しかし、やはり”へぇーそうなんだ”なんて簡単に信じるわけがない。

記憶を失ってしまっている以上、こんな下らない作り話のようなことを信じないのは当然だ。

しかも一番タチが悪いことに、ユキの記憶は地下街にいた時で止まっている。

リヴァイたちと会った時は既に飄々としていたが、それすらもないということは…その少し前ということになる。

地下街のゴロツキとして、一番この世界の暗い部分に身を置いていた時代かもしれない。


『刀まで取り上げて、私をどうするつもり?』

「どうもしない。ただ、今まで通り調査兵団の兵士としていてもらう」

『下らない冗談は好きじゃない。私を売るつもりなんでしょ?それとも見せ物にする?まわす?東洋人は高く売れるからね』


酷く冷たい言葉で紡がれる言葉に、エルヴィンとハンジの表情が曇る。

当然のように、売る、まわすという言葉が出てきたことに胸がいたんだようだ。


「本当に違うんだ、私たちはユキに何もするつもりないよ」

『誰が信じるか、私に触らないで』


近づこうとしたハンジはユキに足を蹴られて後退する。

これではまるで手がつけられない。まるで全身の毛を逆立たせ、警戒している野良猫だ。

”嘘は言っていない”、”信じられない”と話は平行線。

確かに、いきなり「君は薬によって記憶がなくなっていて、本当は調査兵団にいたんだ」なんて馬鹿げた話を信じられるとは思えない。

そもそもユキは地下街のゴロツキ。地上の兵士とは無縁の生活をしてきたのだ。

ハンジには至急薬を作らせ、とりあえず記憶を取り戻すまでなんとか乗り切ろうという事で話はまとまった。


今にでも抜け出して地下街に帰ろうとするユキを、エルヴィンが説得する。

立体機動装置を無断で使用し、その罪を不問にするためにここにきたのだから、抜け出せば牢屋にいれると。


この頃からユキは立体機動装置を使っていたのだろう。それを聞いたユキは納得はしていなかったが、抜け出すことは諦めたらしい。


そうしてユキは自室に放り込まれたのだった。



**
***



次の日の朝になっても、ユキの記憶が戻ることはなかった。

相変わらず殺気を隠しもしない冷たい瞳で、ほとんど口を開かない。

副兵長の記憶がなくなったなど伝えられるわけもなく、他の兵士にはユキは風邪だと言っておくことになった。

この事態を知っているのはエルヴィン、リヴァイ、ミケ、ハンジの幹部とハンジの副官であるモブリットのみ。


『どうして私がこんなことをしなきゃいけないの?』


立体機動の訓練をやらせようと訓練場に向かうが、当然の如くユキは差し出された装置を突っ返した。


「ユキ、君は調査兵団の兵士だ。いつもやっていた訓練をすれば記憶が戻るかもしれない」

『だから、私は兵士でもないしなるつもりもない』

「やってみればなにかが変わるかもしれない」

『…』


エルヴィンとミケが必死にやらせようとするが、本人はツンと突っ返している。

その様子を見ていたリヴァイは小さくため息をついた。

そうやって無理矢理やらせようとしても無駄だろう。ユキの記憶は今、地下街にいたときで止まっている。

もし、自分が同じような立場に立ったら絶対にやるはずがない。調査兵団の兵士だなど信じるはずがない。

勝手に攫われてここに連れて来られたのだから、むしろここにいる奴らを殺して逃げ出してやろうと考えるだろう。



[ユキの側についててやってくれないか]


昨日エルヴィンに言われた言葉を思い出す。

ユキは副兵長として俺の側にいたから何かを思い出すかもしれないということと、もし暴走した時にとめられる為にだ。


[まるで、昔の君を見ているようだよ]


無言で自分を睨みつける姿は、昔俺を捕まえた時と全く同じだとエルヴィンは困ったように笑っていた。

どうやって殺して、
どうやって逃げ出してやろうか。

そういった瞳だったと。


俺たちとは違って何の目的も無く、本当に突然調査兵団に入れられたユキがずっと大人しくしているとは思えない。

機会があればすぐにでも手を下そうと考えていることだろう。


『私はやらないって何度も言ってるでしょ、あんたらの遊びに付き合うつもりはない』

「遊びではない、我々は人類のために命をかけている。君もそうだったんだ。記憶がある、ないに関わらずこの世界と人類を護ろうという気にはならないか?」

『ならない』


ユキは少しも考えることなくきっぱりと断言した。


『そんなもので滅ぶくらいだったら滅べばいい。盗んで騙して、殺さなきゃ生きていけないようなこんな世界のどこに護る価値があるっていうの?』


ユキは続けた。


『未来の私だかなんだが知らないし、どうして私がこんな事に協力したのかも分からないけど、私は絶対に協力しない』


掴まれていた手を払いのけるように、ユキは踵を返して兵舎の方へ戻っていく。


「待て、ユキ」

『しつこい。私はお前みたいに力を手に入れて偉そうに踏ん反り返っている奴が一番嫌いなんだよ』

「  」


ピシャァァァンッ!

…と、音が鳴ったかと思ったくらい衝撃を受けた表情を浮かべるエルヴィン。

ユキが立ち去った後、
リヴァイが口を開いた。


「駄目だったな」

「…あぁ、やっぱり記憶を取り戻さない限り訓練は難しそうだ」

「…」

「…エルヴィン、いつまでアホ面してるつもりだ」

「放っておいてやれ、今エルヴィンは相当傷心している」

「ユキが、…ユキが私の事が嫌いだと…」


”私はどうしたらいいんだ!!”と泣きつくような勢いのエルヴィンを”知るか”と払い退ける。

今はエルヴィンの心配をしている場合ではない。


「娘に嫌われたら、どうればいいんだミケ!!」

「…少し距離を開けてやればいいんじゃないか」


…下らない。
リヴァイは再びため息をつき、去って行ったユキの後を追った。



next
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ