番外編

□番外編(第1章中)
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やっと部屋に戻れる。
…と、思ったのになんだこれは。


「へ、兵長!」

「大変なんです…っ!ユキ副兵長が…!」


3人の兵士が顔を青ざめさせながら助けを求めてくる。その視線の先にはソファに身を沈め横になっているユキの姿。

紅潮した白い肌ととろんとした瞳。目の前にある机に散らばるトランプと酒から、簡単に状況を読み取ることができた。

この馬鹿は自分が薬によって弱っていることを知っていたにもかかわらず、いつもの調子で飲んで酔いつぶれたということだ。

…本当に面倒のかかるやつだな。


「いつもならこのくらいじゃ全然酔わないのに…どうして」

「…ちょっと事情があってな。この馬鹿のことは気にしなくていい、俺が部屋まで連れていく」

「兵長がそんな…、俺が運びます」

「俺が運ぶ」


誰がお前に触らせるか。
ぺちぺちと紅潮した頬を叩いても、蕩けきってしまっている瞳はぼーっとしたまま動きもしない。

まったく、世話のやける…。

ソファに沈む身体を抱え上げると、零れていた髪が腕に触れてくすぐったい。

こちらに視線を向ける兵士を無視して、俺はそのままユキの部屋に向かった。過去にもこうして酔い潰れたユキを部屋に送り届けたことがあるような気がする。

あの時は確か調査兵団全体で飲んでいた時だったか…。あの時もクソメガネのせいだったと思い出すと、再び怒りが湧いてくる。

あいつも大概だが、
こいつも甘すぎる。

クソメガネから食い物は貰うなとキツく言いつける必要がある。例えそれが、大好物の甘いものだとしてもだ。


そんなことを考えながら歩いていると、ユキの部屋に到着した。


…が、

ーーガチャッ。

扉には鍵がかかっていた。
なんでいつも開けっ放しのくせに、こんな時に限ってかけてやがる…!

そういえば、以前色々あって「鍵をかけろ」と言いつけたことを思い出し、ちゃんと言いつけを守っていたことに複雑な気持ちになる。

かけろとは言ったが、今はかけてて欲しくなかったなんて自分でも理不尽だと思いながら、抱えているユキをどうしようかと思案する。

俺の部屋か…?
…いや、それは色々とまずいことになる。

前だって相当我慢したのだ。
今度もう一度同じ状況になれば、手を出さないでいられる自信がない。

しかも、そんな現場をハンジに見られでもしたら「弱っているところにつけこんで…」なんて言われるに決まっている。

つけ込むも何もお前のせいだろうが!と言っても、周りから見たら絶対的に俺が悪者になるに決まっている。ここにいる奴らはそういう奴らだ。


…どうする。
少し考えているとユキの手がピクッと動き、ゆっくりと蕩けた瞳がこちらに向けられた。


『…ん』

「目が覚めたか?」

『…』


ぼーっとこちらを見つめる瞳には見覚えがある。これは、何を言っても無駄だ。意識もはっきりしていないし、何を言っても覚えちゃいない。

それは前に経験して痛いほどわかっている。


『…リヴァイ?…なにして』

「弱っていることも自覚せずに酔い潰れたお前を運んでやってるんだろうが。」

『…あれ、私…まだ一杯しか飲んでないのに…』


なんで残念そうに言ってるんだ。


「お前は弱っていることも自覚してないのか?」

『…分かってたけど…お酒にも弱くなってるなんて思わなかった…』


弱々しく紡がれる言葉に小さくため息をつく。今はこいつの馬鹿さを咎めている場合じゃない。意識が朦朧としているとはいえ、ここで目が覚めてくれたのは好都合だ。


「オイ、ユキ。部屋の鍵はどこだ?」

『…鍵?』

「あぁ、お前の部屋の鍵だ。どこにある?」

『…鍵、…かぎ………Zzz』


寝やがった!?
鍵探そうとして寝やがったこいつ!

再び瞳を閉じ、ぐっすりと眠り始めたユキにツッコミたい気持ちをぐっと堪える。

一瞬手が胸ポケットあたりに伸びようとしていた気がするが、んなもん取れるわけねぇだろ!

しかし、抱えられてる状況にも関わらず暴れ出さなかったってことは、やはり意識がはっきりしていなかったんだろう。

この状況が分かっていれば、降ろせ降ろせと騒ぐはずだ。


「…チッ」


しょうがねぇ、
…執務室に運ぶか。

あそこならベッドはないがソファがある。こいつの身体なら充分だろう。


そうと決めた俺はユキを執務室に運び、扉を蹴り開けてソファに寝かせた。

毛布をかけてやれば、なんともまぁ幸せそうな顔で寝てやがる。


[ユキが普通の女の子同然になっちゃったんだよ?可愛くないの?心配じゃないの?護ってあげたくならないの!?]


相変わらず、うるせぇ奴だなあいつは…。

心配も、護りたいとも思ってなかったらこんな餓鬼みたいに手間のかかる女の世話なんか誰がするかよ。


軽く頭を撫で、俺は自分が変な気を起こさないうちに執務室を後にした。



**
***



『…ん』


瞳を開けると窓から光が差し込み、カーテンがふわふわと揺れている。

もう朝か…。
と、思い起き上がろうとすると一気に視界が反転した。


『うわっ!?』


どしゃっという耳を塞ぎたくなるような音と共に、全身に痛みが駆け抜ける。特に床に激突した頭は最悪だ。

しかも、通常より激しい痛みに昨日ハンジに得体の知れない薬を飲まされたことを思い出す。

…あれ、そういえば昨日、
どうやって寝たんだっけ?


そう思って涙で滲む視界を見渡すと、そこは私の自室ではなく執務室だった。寝ていたのもソファでここから転がり落ちたんだと認識する。

そして自分の体にかけてられている毛布。…誰がかけてくれたのかなんて、もう分かりきっていた。

執務室で居眠りをする私にいつもかけられるその毛布の存在を知っているのはただ一人。


ぼーっとそんな事を考えているとガチャリと扉が開き、まさに今思い浮かべていた人物が現れた。


「起きたか」

『…うん』


リヴァイはソファに座り直す私を見て眉間に皺を寄せる。


「お前は…、またなんかやらかしたのか」

『…え?』


何で?私は何もしてませんよ?
と、顔を覗き込まれビクビクしていると、グイッと下瞼を親指でなぞられる。


「本当にそそっかしい奴だな。どうせ寝ぼけてソファから転がり落ちたんだろ」


どうやら涙目になっている事を言っているらしい。…さすが、よくお分かりで。


『…リヴァイがここまで運んでくれたの?』

「あぁ、お前が自分の事も自覚せず酒を飲んだせいでな」

『…』


あぁ、そういえば昨日はそんなことをしていたような気がする。

まさかお酒にまで弱くなるなんて…。あれ、この台詞昨日言ったような気がする…気のせいかもしれないけど。


「…やっぱり覚えてなかったか」

『え?』

「なんでもねぇよ」


ぼそりと零された声が聞き取れずに問いかければ、もういいと言わんばかりに跳ね除けられる。

…もう、悪かったって。

”ごめん”と言えば”いつものことた”と返される。そんな溜息つかれるほどいつも迷惑かけてるんだ私…と反省していると、リヴァイは上着を取りに来たらしく、既に団服に着替えていた。


『もう訓練に行くの?』

「お前が寝ているうちに午前中は終わった。もう昼だ。」

『え』


ポケットに入った懐中時計を確認すれば、確かに午前中はもう終わりを迎えようとしていた。


『いつもなら蹴り起こすのに…』

「今のお前を起こしたってしょうがねぇだろ。このまま今日一日寝ててくれたほうが、面倒ごとが起きずに済んだのにな」


なんて言い方をするんだ、
人をトラブルメーカーみたいに!

確かに今の私は訓練もできない役立たずだけど、そんな言い方しなくてもいいのに。

むすっと不貞腐れていると、リヴァイは私の腕を掴んで自分の方を向かせ、念を押すように口を開いた。


「いいか、今日一日は薬の効果が残ってる。余計なことはするな、無理もするな、大人しくしてろ」

『…、そんな厳しく言われなくたって今日一日は何もできないし、おとなしくしてるよ』

「本当だな?」

『本当だって』


何がそんなに心配なのか…。
リヴァイは何度も確認すると、
最後に”大人しくしてろよ”ともう一度言って執務室を出て行った。


…さて、これから何をしよう。
あれだけ念を押されてしまっては、本当に何もできない。

書類の整理も昨日してしまったし、…本当にこの体は不便でしょうがない。か弱くなってみたいとは思っていたものの、調査兵団ではただの役立たずだ。

エルヴィンには昨日、「今日明日は有休としておく」と言われたから皆の訓練を見に行くこともできないし…。いつもリヴァイとは一緒に立体機動をしているから、客観的にも見てみかったなぁ…。


なんて思いながら自室に戻り、シャワーを浴びて私服に着替える。部屋の掃除を雑巾掛けで適当に済ませると、自炊をしている食料が少なくなってきていることに気がつく。

ちょうどいいし、
買い出しにでも行ってこよう。

そう思い立った私は早速エルヴィンに一言断りに、彼の執務室へ向かった。




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