番外編

□番外編(第1章中)
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「あら、兵長さん。こんな時間にどうしたんだい?」

「時間外に悪いな、一つ食事を出してもらいたい」

「さっき食べてなかったかい?」

「…いや、俺ではなくこいつの分を頼みたい」


食堂担当の婦人にそう言えば、必死にカウンターをよじ登ろうとしているユキを見て「まぁ可愛い子!」と目を輝かせた。


「どうしたんだいこの子!たまげるくらいに可愛い子だねぇ、まるでお人形さんじゃないか」

「…ちょっとな」

「そうねぇ、こんな可愛い子の為なら腕をふるって作っちゃおうかしら」

「助かる」


そう言って婦人は腕まくりをし、せっせと料理を作り始めた。


「オイ、おとなしくしていろ」

『はぁい』


ユキは意外と理解はあるようで、一言言えばよじ登るのをやめて大人しく突っ立っていた。

腰まで伸びた黒髪。
黒真珠のような瞳。

小さくなってはいるが間違いなくユキの面影を残した少女に、ガラにもなく「可愛い」と思ってしまう自分がいる。誤解しないように言っておくが俺に変な趣味はない。

普段のユキとは違って作り笑いをするわけでも寂しそうに笑うわけでもなく、こいつが浮かべる屈託のない笑顔は心を動かす力がある。

ハンジやエルヴィンがあれだけ溺愛するのも分かる気がした。


「はいよ、お待ち。」


出されたメニューは子どもが好きそうなものばかりだ、さすがよくわかっている。短く礼を行って立ち去ろうとすると婦人は「あれ?」と口を開いた。


「その子、ユキちゃんに似てないかい?…はっ、まさか…」

「なんだ?」


目をこれでもかというほど見開いてこちらを見る婦人に問う。ユキが副兵長ではなく、ユキちゃんと呼ばれていることはこの際今は置いておこう。


「…ついに兵長さんとユキちゃんの間に子どもが…?」

「…」


何を言っているのか理解できなかったのは、俺のせいではないはずだ。

喜々とした目で的外れな事を言う婦人に「そんなわけないだろう」と言うと、「あら、そうなの?…残念」と本当にがっかりとしたように肩を落としやがった。

…どこをどう考えれば俺とユキの間に子どもがいると思ったんだ。

ユキだとバレたかと思って一瞬冷や汗をかいた自分が馬鹿らしい。


「だって本当にそっくりじゃないかこの子。髪といい愛らしい目といいさぁ」

「偶然だ」

「ねぇお嬢ちゃん、お名前はなんて言うんだい?」

『ユキ!』

「え?」


しまった、名前を聞かれた時のことを考えていなかった。明らかに不審そうにこちらを見られてしまっては、どう言い訳したものかと必死に頭を働かせる。


「実は今調査兵団で預かっている娘なんだが、詳しいことは幹部以外には言えないことになっている」

「そ、そうなのかい?」

「…あぁ、だからこのことはくれぐれも内密にしてくれ」

「そういうことなら分かったよ」


少し強引ではあるが…、
なんとか誤魔化せたようだ。

これ以上長く話しているとボロが出てしまう。俺はカウンターから食膳を受け取り、離れたテーブルへ運んでやった。



**
***



「…」


ぱくぱくと小さな口に収まっていく光景を眺めていると、やはりユキにそっくりだと思った。

ユキなのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、幸せそうに食べる表情と言い食べ方と言い…全てがユキそのものだった。

しかもいつもと違ってまわりを気にしていない分、それはもう幸せそうに食べているのだから思わずこっちまで口元が緩みそうになる。


「よく食うな、お前は」

『だってお腹すいてたんだもん!』

「…そうか、美味いか?」

『うん!』


にこりと満面の笑みを浮かべるユキ。その時フォークに刺さっていた野菜が零れ、ぽとりとテーブルに落ちた。

クソメガネが同じことをやろうものなら汚ねぇと即片付けさせるところだが、相手は幼児となったユキ。

不思議と怒る気も汚ねぇという気も起きず、ふきんで拭いてやれば『ありがとう』とまた浮かべられる屈託のない笑顔。

その頬につけられた米粒にさえ愛嬌を感じるのは、きっとユキだからに違いない。


「こっちに顔向けろ」

『んむ?』


頬にいっぱい詰め込んだ状態で顔を向けるユキから米粒を取ってやれば、これはまた嬉しそうに笑った。


『ふぁりふぁほう』

「口にものを入れた状態でしゃべるな」


ハッとした表情を浮かべ、
ユキは急いで口を閉じる。

何度も頷いて急いで飲み込んでもう一度『ありがとう』というユキに「あぁ」と答えた。

たかが米粒をとってやったくらいで、そんなに必死になって言うことでもないと思うが。


『おにいちゃんは食べないの?』

「俺はもう食べた」

『…そうなの』


ユキは少し寂しそうにしながら、再び少し不慣れな手つきで食べものを口に運んでいく。


「それから俺はお兄ちゃんじゃない、リヴァイだ」

『りばい?』

「リヴァイだ」

『りばい?』

「…」


若干違うような気がしなくもないが、この年の餓鬼には上手く発音できないのかもしれないとそれ以上訂正するのはやめた。

そうしている内にユキはあっという間に食事を平らげ、『ごちそうさまでした』と礼儀正しく両手を合わせる。


「さっさと片付けて戻るぞ」

『うん!』


今のユキには高かったのか椅子から降りようとして転びそうになっていたが、何とか両手をついて顔面強打は免れていた。

ここで泣かれでもしたらどうしようもない。自分一人では泣き止ませる方法が分からず、間違いなく途方にくれていたはずだったのでユキの反射神経の良さに感謝した。



**
***



「戻ったか」

「あぁ」


再びエルヴィンの部屋に戻れば、ハンジとその部下のモブリットがいた。…ハンジは正座をした状態で。

この状況が何を示しているかは簡単に予想がつく。大方原因のものを優秀な部下が炙り出し、反省させられているといったところだろう。


「原因が判明した。…これだそうだ」


エルヴィンの机の上に置かれた瓶に目を向けると、中に茶葉のようなものが入っていた。


「…これは、茶葉か?」

「…似てるけど実はそれが小さくなっちゃう薬なんだよねー…」


あはは、と苦笑いを浮かべるハンジを睨みつける。


「どうしてこんな紛らわしいものにしやがったんだ」

「見るからに怪しそうなものにするとモブリットに捨てられちゃうから、なんとかカモフラージュしようとして今回は茶葉にしてみたんだ」


これにはもうため息しか出てこない。

ユキにはハンジからもらった食べ物…、特に甘いものには注意しろと何度も言い聞かせていた。

だが、今回は茶葉。
大方ハンジの部屋に訪れたユキが入れて飲んだのだろう…。まさか茶葉が奇妙な薬だとは夢にも思わない。


『ぱっぱー。』

「触るな」


俺が持っているのが気になるのか、足元から手を伸ばしてくるユキから瓶を遠ざける。

ユキはまた寂しそうに頬を膨らませて口を閉じた。

そんな顔をされても渡すわけにはいかない。これ以上の何かが起こるのは御免だ。更に小さくなって言葉すらきけなくなる可能性もある。


「それで、戻る方法はあるんだろうな?」

「…えへへ」

「真面目に答えろ。」

「ごめんなさいごめんなさい戻る薬は急いで作りますから離してぇぇ!」


前回の教訓もあって予想していた答えではあったが、…やはり苛立ちは募り一発拳をお見舞いしてやった。

ぐへっ!と奇妙な声を上げながら腹を抱えて床をのたうち回っている。


「…ハンジ、時間はどれくらいかかりそうだ?」

「い、…5日は、必要かと…」

「ふざけるな、3日で作れ」

「ひぃっ」

「まぁ待てリヴァイ、無理に焦らせることはない。」


クソメガネの胸倉を掴めばそれを仲裁するように零された言葉に「あ?」とエルヴィンを振り返る。

…何言ってんだてめぇは、と睨みつけようとして続けられた言葉に俺は顔を引きつらせた。


「ユキ、こっちにおいで」


それはそれは満面の笑みを浮かべ、エルヴィンはユキに向かって両手を広げる。

さっきまでは怯えていたユキも大丈夫だと思ったのか、ゆっくりとエルヴィンの方に向かっていき…エルヴィンはそのままユキを抱きしめた。

その嬉しそうな顔と言ったら…。
まさにこのまま死んでも後悔はないというほど幸せそうな表情を浮かべるエルヴィンに、自分の米かみからピキッと音が鳴ったのが聞こえた。


こいつ、ユキを戻す気ねぇな…?

しかも勝手に触りやがって…、ふざけるな!


「エルヴィン、ユキを離せ」

「ははっ、リヴァイ。嫉妬は醜いぞ」

「誰が嫉妬なんかするか。さっきからこいつが怯えてんじゃねぇか」

「そんなことを言って私からユキを奪い取るつもりだな?そうはさせん!ユキ、怖くないだろう?」

『…う、うん』


ユキは困ったよう笑う。
エルヴィンのあまりの熱に怯えているユキに本人は全く気づいていない。こんな餓鬼に愛想笑いされていることにも気づいてねぇのかてめーは!いい加減目を覚ませ!


『ねぇ、おとうさんとおかあさんは?』


突然零された質問に、
その場の全員が一瞬固まった。



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