番外編

□番外編(第1章中)
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「すごいよユキ、あんなに踊りが上手だったなんて知らなかった!」

『なんとか形を取り繕う程度だけど、役にたったようでよかった。』

「形を取り繕うだけなんかじゃなかったよ、本当にすごかった。ね、リヴァイ」


突然話を振られ「あぁ」と短く答える。本当は上手かったと思っていたのにこいつのように素直に感想すら言えない自分の性格にため息をつきたくなるが、俺のそんな短い返事にも満足したらしくユキは口元を緩ませた。


「本当にありがとう、おかげで助かった。これからは私も踊れるように練習するよ」

『そんな必要ないと思うけど。あの人が特別だっただけで他の人間は兵士に踊りなんて求めないって聞いたし』


そんなことどこで聞いたんだと問えば、ユキは『さっきそう聞いた』と答えた。恐らく踊りが始まった時に話しかけられていた男から聞いたのだろう。

ユキは疲れたのか『はぁ』と小さくため息をつく。


「疲れたか?」

『うん、久々に踊ったからちょっとだけ。でも大丈夫』


そう言ってへらりと笑うユキに舌打ちをすると『なんで怒ってるの?』と返される。


「お前が”大丈夫”っていうときは大抵大丈夫じゃないだろうが。オイ、クソメガネ。ユキをちょっと休ませてくる」

「うん、その方がいいね。」

『ちょっと待って、本当に大丈夫だから』

「分かったからさっさと来い」


尚も抵抗するユキの腕を掴んでガレージへ出る。『全然分かってない』とぶつくさ文句を言っていたくせに、ユキは人目がないことを確認すると身体から力が抜けたようにストンと腰を下ろした。

靴まで脱ぎだしたユキに「何をやってる」というとユキは『ちょっとだけ』と言って自分の足に視線を落とす。

同じように視線を向ければ、先程の踊りと慣れない靴のせいかユキの足は数カ所赤くなっていた。


「…痛むか?」

『少しだけ。踊ることになるならこんなに高い靴で来るんじゃなかった。』


そう言いながら困ったように笑うユキの前に座り込みその小さな足に手を添えると、ユキは驚いたように瞳を開く。ユキの足がピクンと揺れた。


『…ちょ、ちょっと何を…』

「お前のお陰で助かった。感謝する」


小さな沈黙が落ちる。
赤くなっている箇所に触れないように足を撫で視線を上げれば、ユキは何故か唇を噛み締めていた。

少し顔が赤くなっていたような気がするが、室内の光を背に浴びたユキの顔ははっきりと見えず見間違いだろうと自己解決し、手を離して隣の席に座る。


『…や、役に立てたならよかった』

「あぁ、あの時お前が来なかったらいい方向にはいかなかった。だがお前、嘘をついたな?」

『何のこと?』

「こういう場に来たことはないと言っていたが、本当はあるんだろう?地下街にいた頃俺はこういう場に縁がなかったから騙された」


”どうなんだ?”と問うと、ユキは気まずそうに頬を指先で掻きながら視線を斜め上方向にそらし、ゆっくりと口を開いた。


『…半分嘘で、半分本当かな。貴族のこういう集まりには何度か参加したことはあるけど、こんなに大規模なものはなかったから』

「よくそんな機会があったな」

『リヴァイも何度かやったことあるでしょ?…潜入調査とか。そういうところに紛れ込む為に、わざわざ練習したんだけどこんなところで役に立つとは思わなかった』


地下街にいれば地上では考えられないような仕事が次々と舞い込んでくる。俺も何度かそう言った類のことをしたことがあるが、男と女では内容が違うということらしい。男に貴族の茶会に参加しろなどというあまり得策とは言えない依頼を持ってくる酔狂な人間などいない。

貴族の中に紛れ込ませるなら、
最も警戒されない女が一番だ。


『そろそろ戻ろうか。』

「別にまだここにいたっていいだろ。今戻ったらまた一曲、と誘われるはめになるぞ」


靴を履き直し立ち上がったユキを引き止めるが、ユキは首を横に振った。


『リヴァイはここで休んでなよ。私は待たせてる人がいるから』

「…待たせてる人?」


その言葉にピクリと反応する。自分の中の何かが動いたと感じたと同時に、自分の声が少し低くなったような気がした。


「それは踊りが始まる前にいた男のことか?」

『そうだけど…、よく分かったね』

「大方俺たちの方に気づいたお前が無理矢理振り切ってきたんだろう?”また後で”とか適当なことを言ってな」

『そこまで分かるとちょっと怖い』


眉をハの字にさせ、ユキはけらけらと笑った。


『ご察しの通り。だから戻らないと』

「…待て」


会場へ向かっていくユキの腕を掴んで引き止める。当然ユキは不思議そうに俺を振り返った。


『リヴァイ…?』

「…」


しかし、言葉が続かない。俺は今どうして自分がユキを引き止めたのかも分からなかった。

だが、男を待たせていると言ったユキの言葉に…どうしようもなくむしゃくしゃとした気持ちが自分の中に芽生えたのは確かだ。

踊っている時もあの男がユキの身体をべたべたと触っているのも気に食わなかった…。俺はこの時、既にこの感情がどういう感情なのか…気づいていたのに気づかないフリをしていたのかもしれない。

気付いてしまえば、呆れるほど単純な気持ちだったというのに。


『リヴァイ、私そろそろいかないと…』

「行くな」

『え?』

「まだここにいろ。命令だ。」


いずれはまたあの会場の中に戻らなければならない。この行動が一時の時間稼ぎにしかならない意味のないことだと分かっていても…今はどうしてもユキをあの男共の視線の中に放り込みたくはなかった。

カツン、とヒールの音が鳴る。
掴んでいたユキの腕の力が緩んだと思った時、視界の端をドレスの裾が舞った。振り返ればユキは元座っていた場所に再び腰を下ろし、俺を見上げてへらりと笑っていた。


『じゃぁ、呼ばれるまで待とう。向こうだってただの社交辞令のつもりで、別に待ってないかもしれないもんね』


俺はユキから視線を離すことができなかった。命令だ、と言っておいてなんだが戻ってくるとは思わなかった。人を待たせているというユキが会場へ行くのは当然のことで、むしろここに残っていろというのが無茶苦茶な話だ。

ユキは俺の視線に気づき頬を膨らませて『リヴァイが残れって言ったんでしょう?』と言う。

ご尤もな発言に俺は「そうだな」と返し、自分に向かって自嘲染みた笑みを浮かべて腰を下ろした。


会場からは未だに優雅な音楽が奏でられ、賑やかな声が聞こえてくる。そんな光景を遠目から見ている俺たちは、まるで参加者ではないかのように賑やかな会場内を傍観していた。



**
***



夜会が終わった後、暫く姿を見せていなかったエルヴィンは「今度一曲どうだい?」とユキを誘っていた。当然ユキは了承していたが、お前たち2人が踊る機会など一生ないだろうと心の中で野次を飛ばす。

ハンジもユキに踊りの練習を頼んでいたが、あれは習得する前に飽きて辞めるだろう。


「ユキさぁ、リヴァイと踊ってみたら?」

「『は?』」


いつもながらハンジの訳の分からない発言に俺たちは二人で眉間に皺を寄せる。さっき俺に踊りは似合わないとか言っていた奴が、どうしてそんなことを言い出すのか全く理解できない。

まぁ、他の香水臭い女と踊るなら間違いなくユキを相手にした方がいいだろうが…。俺はユキと踊るというよりは踊っているユキを客観的に見ている方がいい。

…いや、そうすると相手にイラつくはめになるのだろうが。


何にしても、今夜はユキの意外な一面を見られたような気がした。こんなクソみたいな夜会でも参加して良かったと思えるほどだ。これを機にその後夜会が開かれる度に呼ばれるようになってしまったユキは、只管ぶちぶちと文句を言っていた。




END
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