空色りぼんB

□その背中に背負うもの
1ページ/1ページ




それから調査兵団は本格的に壁外調査に向けての訓練を開始した。

連携が取れず陣形が崩れるなんてことがあれば話にならない。エルヴィンの考案した長距離索敵陣形は、あの形態を保ってこそ力量を発揮する。

日中は訓練に励み、夕方になるとリヴァイ班のみ旧調査兵団本部へ帰還する。

あの一件以来、ギクシャクするかと思いきやそこはさすが大人。みんな以前と同じようにエレンと接し、過ごしていた。


…そして壁外調査一週間前。
私は定期報告のため調査兵団本部へ戻っていた。しかし、今回はただの定期報告だけではない。


ーー…ガコンッ。

『本当に荷馬車にしか見えないね』

馬舎裏の普段使うことなどほとんどない倉庫の中。エルヴィンに連れられ中に入ると、今回の壁外調査で使われる兵器が揃っていた。

定期報告と言うより兵器の確認と打ち合わせ、それに関する書類のサイン諸々をリヴァイの代わりにしに来たというのが私が今日ここに来た理由。


「技術班が総力をあげて作ったものだ。通常の巨人以上のものを想定して作られている。どんなに強靭な巨人が来ようと拘束できるだろう」

『…だろうね。こんな見るからに禍々しい拘束具なんて初めて見た』


審議所で成果を出すと豪語したことに加え、裏切り者をあぶり出すというこの作戦ができるのは一回のみ。

見るからに黒光りした矢尻を見る限り、相当な財産を叩いたのだろう。

絶対に失敗は許されない。
エルヴィンの意気込みが、兵器を通してひしひしと伝わってくる。


『まさかここまで完成度の高いものができるとは思ってなかった』

「今回騙すのは憲兵や小煩い上のものだけではないからな」


味方をも騙さなくてはいけないとなると、これくらいは当然。むしろ不安なくらいかもしれない。


『…!』


ふと隣を見上げ、
私は少しだけ目を見開いた。

エルヴィンの表情に少し、…ほんの少しだけ影が落ちていた。迷いからかいつもの凛とした輝きを失った瞳は私の視線に気づいたのか、ゆっくりとこちらを向いて小さく口元を緩める。


「さて、戻ろうか。」

『エルヴィン』

「…なんだい?」


エルヴィンがこちらを振り返る。
その表情は既に先程の面影を無くし、いつもの凛としたエルヴィンに戻っていた。


『…、今回の作戦、すごくいいと思う。私も賛成する』

「…どうした、急に」


エルヴィンは突然の私の言葉に疑問符を浮かべる。

今回の壁外調査は過去稀に見ないほど過酷なものになるだろう。そんなところに何も知らない仲間を放り投げることに、何も感じないはずがない。

例え適確で非情な決断を幾度となくしてきたエルヴィンでさえも。

何の感情も持たない人間が、”人類の為に”と自分の命を危険に晒してまで、調査兵団の頭を張ったりできるはずがないのだから。


『だから、私も一緒に背負うよ。今回の作戦で落とす仲間の命。』


そう言うと、エルヴィンは珍しく目を見開いた。



**
***



私の目を真っ直ぐに見つめて言う娘に、珍しく動揺する。

先程視線を感じて自分より大分下にある瞳に視線を落とせば、黒真珠のような瞳は見開かれていた。

ユキは人の表情を読みとることが非常に上手い。今の自分がどんな顔をしていたか…、容易に想像できた私は誤魔化そうとしたがやはり許されなかった。

しかし、いきなり何を言い出すというのか?一緒に背負う?今回の壁外調査で死ぬであろう兵士の命を?

冗談ではない。そんなものを可愛い愛娘に背負わせるつもりは毛頭ないし、元は私が背負うべきものだ。

しかし、愛娘は腰まで伸びた黒髪を揺らし、さくらんぼのような赤い唇で言葉を紡いでいく。


「…何を、」

『業を背負うべきはエルヴィンだけじゃないでしょ?賛成した私も共犯者なんだから』

「…命令を下すのは私だ。ユキが背負う必要はどこにもないし、背負わせるつもりもない」

『エルヴィンにとってそんなに私は信用できない?』

「…な、どうしてそうなる」


自分の愛娘を信用していないわけないだろう!

間髪入れずに返答すれば、ユキはしてやったりといたずらっぽく笑った。


『だったら、一人で背負うような真似はしないで。仲間だと…信頼できると思ってるなら一緒に背負わせて。団長を支えるのも私の仕事でしょ?』


…あぁ、子供の成長が早いというのは本当だったんだな。

つい最近までは人に怯え、一人で歩いていたというのに…今では仲間を思い人の荷まで背負おうとしている。

ここに来てから、
ユキは変わったのだ。

誰の影響を受けているかなんて考えるまでもないが、正直ここまで成長するとは思っていなかった。

自分に差し伸べられる手に、初めてそれを自覚する。…いや、もう大分前から変わっていたのに、自分が見ていなかっただけかもしれない。

ユキはこんなにも強く気高く、…綺麗に笑うようになった。


「…すまない。」

『謝らないでよ、今更何人背負ったところで変わらないでしょ?お互い。』


へらりと笑うユキに、
思わず自嘲染みた笑みが零れる。

いつまでも子供ではないんだな…。


「ユキ」

『ん?』

「帰ってきたら飲もう。」


そう言うと、ユキはその大きな瞳を見開いた。


「…なんだ?何かおかしなことを言ったか?」

『いや、エルヴィンから飲もうって誘われるの、珍しいなと思って』

「そうか?」


そういえばユキにこうして直接誘うことはなかったなと納得する。


「嫌か?」

『そんなわけないじゃない。楽しみにしてる』


”私も楽しみにしている”

そう返すと、
ユキはへらりと笑った。




**
***



「ユキー!」


扉の外から親友の名前を呼ぶが、返事は返ってこない。ドアノブを捻ってみるが鍵がかけられていて開かない。

ユキは前まで鍵をかけていなかったが、少し前に元調査兵団兵士に不法侵入されリヴァイにこっぴどく怒られてから、必ず鍵をかけるようになった。

扉に耳をつけてみれば、中からシャワーの音が聞こえてくる。なるほど、それで私の声が聞こえないのか。


だがしかし!この私をこの程度の鍵で払いのけようなんて甘い!

こんなの針金で簡単に開けちゃうもんねぇ〜♪

我ながらニタニタと笑いながら鍵穴に針金を差し込んでいる姿は、即通報ものだと思いながらガチャリと鍵を解除し扉を開ける。

リヴァイの影響で綺麗に掃除された部屋のソファに腰掛け、ユキが出てくるのを大人しく待つことにする。

机の上には今日エルヴィンに渡されたであろう書類と、紅茶とお酒が置いてある。

紅茶とお酒って…なんて組み合わせだと思いながらも、どちらもユキが好きなものなので思わず笑ってしまう。

この紅茶も奴の影響だろう。
まぁ、私はおしゃれな紅茶より酒の方が好きだけどね。ちょっともらっちゃお。

棚から勝手にコップを取り出し、トクトクと注いでいく。並々と注がれたそれを口元に傾けると、少し甘みのある味が広がった。


「…ん?なんだろ、これ」


そしてふと、サイドテーブルの上に置いてあるものに気がつく。


「…懐中時計?」


手にとってみると思いのほか重みがあるそれは、銀らしい鈍い光沢が輝いている。

ユキ、こんな時計持ってたっけ?

改めて思い返してみれば、いつも制服のポケットから懐中時計のチェーンが見えていたような気がする。

そういえばいつもこれで時間を確認してたな…。と思いながら再び手元に視線を落とすと、表面には細かな装飾が施されていた。

銀の重みにこの装飾…。ユキは地下街にいた当時相当色々なことをやったと言っていたから、羽振りも良かっただろう。

この懐中時計も相当値の張るものに違いない。これは中も是非見てみたいではないか。

ユキが普段から大切に肌身離さず持っている時計。もし何か秘密が隠されているなら出会ってから一年半にして大発見だ。

にひひひ、と思わず吊り上がる口元を隠しもせず、私はユキが出て来る前にと懐中時計を開いた。



 
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ