番外編

□うららかな昼下がり
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窓から差し込む光が白いシーツを照らす。柔らかく吹く風は甘い花の香りを纏わせ、春の訪れを知らせてくる。

私は背中に触れる温もりを感じながら瞳を閉じた。

ゆっくりと流れる時間。
葉が揺れる音とページを捲る音だけが聞こえる静寂。

旧調査兵団本部に来てからもう随分時間が経った。ここでの生活にも慣れた私たちは時間に余裕もでき、今日は夕方本部から書類が届くまで暇な時間ができた。

だからと言って外出もできない状況の今、私はリヴァイの部屋で背中合わせになりながら本を読むことにした。

一つのベッドの上でお互い背中合わせになりながら本を読むのは、いつもなら夜寝る前の恒例行事だが今は昼間。

当然真っ昼間からやましいことをするわけでもなく、私たちはただただ寄り添って流れる時間に身を任せる。

無言の静寂がこんなにも居心地がいいのはリヴァイだから。合わさる背中から感じる温もりにうっとりと瞳を閉じて軽く体重を預けた時、外から話声が聞こえてきた。


夕飯の話でもしているのだろうか。「誰が買い出しに行く?」「俺が行く」「じゃぁ私も」…恐らくオルオとエルドとペトラだろう。

エルドについていくと言ったペトラに、慌ててオルオが「じゃぁ俺も行く」と行っている。瞳を閉じながら聞いていた私は思わず小さく笑った。だったら始めからみんなで行けばいいのに。結局みんなで行くことになるのだから。


「じゃぁ行ってくる。」というエルドに「気をつけて」という声。どうやらエレンもいたらしい。

そう言えばこの下は正面玄関に当たる場所で、今日はそこの掃除をしろとリヴァイが言っていたような気がする。

そんなの軽く流して適当にやってしまえばいいのに、真面目なエレンはリヴァイに言われたことをきちんとこなそうとする。…それでもリヴァイに駄目出しをくらってやり直しさせられているけど…。


私も窓から顔を出してみんなを送り出そうと少し体を前に倒すと、ずしりと背中に重みがかかった。


『リヴァイ?』


何時間ぶりかの声を出すが、
リヴァイから返事は返ってこない。

それどころか背中にかかる重みはどんどん増してきて、私は慌てて前に出した手をベットにつける。


『リヴァイ…!?』


普段背中を預けあっているといっても気を使ってか、いつもここまで体重をかけてくることはない。

突然のせられた重みに驚いて振り返ると、リヴァイの身体はずさっと私の背中から滑り落ち、ベットへ沈んだ。


『…??』


ベッドの上に放り出された本。
どうしたんだろうとベッドに沈んだリヴァイの顔を覗き込んだ時、私は思わず目を見開いた。


『…寝てる。』


リヴァイは瞳を閉じて眠っていた。…いや、それは人間なのだからリヴァイだって睡眠くらいとるのだけれど…。

こうやって突然眠ってしまうなんてことは今まで一度もなかった。ましてや今は昼だ。…私が寝てしまうことはしょっちゅうあるが。

思えばいつも夜は私が先に寝てしまうし、朝起きればリヴァイは既に目を覚ましているから…、寝顔を見るのは初めてかもしれない。

いつも細められている鋭い瞳は閉じられ、眉間に寄せられている皺もない。

そうしているリヴァイはいつもより幼く見えて何だか口元が緩んだ。


ここ最近は忙しかった。
本部からの移動に加え、エレンを監視するという役割についたリヴァイは表に出さないものの常に気を張っていただろう。なんと言ったってこの班の皆の命を任されているのだから。

だけど、いくらあいている時間ができたからと言って他のみんながいればこうやって眠ったりはしないはず。リヴァイ班の皆に気を許していないわけではないが、リヴァイは他人の前で滅多に気を抜いたりはしない。

そのリヴァイが、
こんなにも無防備に眠っている。


それは私に特別気を許してくれている証拠で、どうしようもなく嬉しくなった。

黒髪に手を伸ばして触れれば、癖のない髪はするすると指の間をすり抜ける。

そのままリヴァイがいつも私にやってくれるように頭を撫でれば、小さくリヴァイの指が動いて心臓が跳ね上がった。

だが、リヴァイが起きることはなく、よかったとホッと一息つく。こんな風に頭を撫でることなんて、リヴァイが起きているうちには絶対にできない貴重な経験だ。

暫く頭を撫でていると、
サァァ…っと風が吹きこんできた。

春の柔らかな風とは言え、
まだ少し肌寒さが残っている。

…このままだと風邪ひいちゃうかも。

そう思った私はいつも自分が眠り込んでしまった時にリヴァイがかけてくれる毛布を取りにベットから立ち上がる。

リヴァイを起こさないよう、音を立てないように細心の注意を払ってゆっくり、慎重に。


毛布を持ってベッドに戻り、
リヴァイの身体に毛布をかける。

私が使っているだけあってそんなに大きくはないが、リヴァイの身体なら問題ない。…って言ったら殺されそうだから絶対に言わないようにしよう。


そう言えばみんなはどうしたんだろうと窓の外に顔を出して見てみれば、そこには箒を持ったエレンがせっせと石段を掃いているのが見えた。

どうやらあの3人はもう買い出しへと行ってしまったらしい。すると私に気づいたのか、エレンがこちらを向いて笑顔で手を振ってきた。


「ユキさーーん!」


予想以上に大きな声に私は急いで『しぃーっ』と自分の口元に人差し指をあてる。

当然、どうしたんだろうと首を傾げるエレンに『リヴァイが寝てるから』と口パクと身振り手振りで伝えると、エレンは私のいる部屋がリヴァイの部屋だと気づいたのか驚いた表情を浮かべて口を閉じた。


「よぉ、エレン。随分精がでるな」

「グ、グンタさん!」


エレンを見つけてやってきたグンタに、エレンは小声で「大きな声出しちゃ駄目です!」と訴えている。

そして私の方を指差して何やらこそこそと話すと、グンタはこちらを向いてこれまた驚いた表情を浮かべた。


みんなリヴァイをなんだと思っているんだ…。リヴァイだって人間なのだから睡眠くらいとる。

まぁ今回はそれに加えてリヴァイが昼寝しているという事実と、他人の前で眠っているというのがきいているのだろう。

私だって突然眠り始めたリヴァイに驚きはしたけど…、人間なら誰だってあることだ。ただそういう姿をみんなが想像できなかったというだけで。

私は二人に小さく手を振って窓から離れる。部屋に視線を戻せばやっぱりリヴァイはまだ眠っていた。

再び起こさないようにベッドによじ登り、ころんと隣に寝転がる。瞳を閉じれば静かな寝息だけが聞こえてきて、それがまたどうしようもなく愛しく感じた。

そっと寄り添えば触れる箇所から暖かな温もりが感じられて、私は毛布を少しだけ持ち上げてその中に一緒に入る。

いつも寄り添えば抱きしめてくれる腕も、今は眠っていて抱きしめてはくれない。それに少し寂しさを感じながら、リヴァイの服の裾をきゅっと握る。


窓から差し込む暖かな光。
葉が揺れる音、風に乗って流れてくる春の香り。

あぁ、なんて平和なんだろう。

もちろん世界が巨人に支配されているなんて言われなくても分かっている。だけど、こんな時くらい平和ボケしたってバチは当たらないだろう。

買い出しに行った人たちが戻ってきたら、リヴァイを起こさないように言わなきゃ。リヴァイがこうやって休める時なんて殆どないんだから…。

私は何故か生まれた使命感を抱きながら、うっとりと瞳を閉じた。




**
***



目を開けると、
部屋には茜色の光が差し込んでいた。

どうやら自分は寝てしまったらしい。ユキと二人で本を読んでいたところから…、記憶がない。

ユキはどうしたんだと身体を起こそうと動いたときに触れたいつもの感触に目を開く。

そこには眠っているユキがいた。俺に寄り添うように眠るユキの体に半分ほどしかかかっていない毛布。

寝ている途中にずれたのか?と思ったが、その毛布の半分以上が自分にかかっていることに気がついた。


「…んの馬鹿」


誰がかけたかなんて分かりきっている。俺に毛布をかけたユキはそのまま一緒に寝たのだろうが…、もっと自分のほうに引っ張ればよかっただろうに。

その証拠に俺の方は少し余っていて思わず舌打ちが零れるが、ユキはどうせ俺を起こさないように気をつかったんだろうという考えに至り、何とも言えない感情が湧いてくる。

取り敢えず自分の方の毛布を引っ張ってユキにかけてやる。まったく、本当に世話のかかる女だ。


肘をついてその寝顔を見つめれば、自然と手が伸びてユキの髪を撫でる。

まさか自分が真っ昼間から寝こけるだなんて思わなかった。だが、それはユキと一緒にいたからであり、あまりの居心地の良さに気が抜けたのだろう。

思わず自分でも笑ってしまう。
いつから俺はこんなに平和ボケしたのだろうかと。

それもこれも全てこいつのせいだ。ユキと出会ってから俺は変わったのだから。


「幸せそうな顔しやがって」


無防備な寝顔に、
ゆっくりとキスを落とす。

ふわふわと春風に揺られ、
カーテンが宙を舞った。




ーうららかな昼下がりー



(ん…)
(…起きたか)
(…え、あ、あれ!?私寝…っ)
(相変わらず気持ち良さそうに眠っていたが?)
(…(落ち込み))
(…?)


結局買い出し班が戻ってくるまで我慢できなかった主人公。…だが、グンタとエレンが戻ってきた3人に伝えていたのでリヴァイが起こされることはなかったとか。






END
 

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